しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

2010年も暮れてゆきます

今年はいつもより一日早い仕事納めであった。27日の寒い晩、荻窪のカフェ6次元であった稲垣足穂イヴェント*1に駆けつけて、その余韻とともに、うちにある数少ない足穂関係の本であるところの高橋信行編『足穂拾遺物語』(青土社、2008年)、中野嘉一稲垣足穂の世界』(宝文館出版、1984年)、別冊新評『稲垣足穂の世界』などを、時折、他の本に寄り道しながらぱらぱらと読みかえしたりしている年の瀬。それからふと手が伸びるのは瀧口修造。左川ちかの詩篇を読んでいたら、急に瀧口修造が読みたくなったのだ。『現代詩読本 瀧口修造』のなかに澁澤龍彦による「卵形の夢 瀧口修造私論」というエッセイが載っていて、それを読んでいたら瀧口の言葉としてこんな文章が引かれていた、「私には文体の趣味はどうでもよかった。レトリックなどはどうでもよかった。別の何ものか、イメージの抽象的な痙攣と火花とでもいったものを求めて足りたのである」。瀧口のいう「痙攣」と「火花」は、左川ちかの詩篇に接した時にも思い巡らしたイメジだったので、わたしの中では二人の詩篇は似通ったものとしてうつっているのかも知れない。来年のパウル・クレー展へ向けて、春になったら『画家の沈黙の部分』(みすず書房、1969年)を読みなおそうっと。そういえば、足穂と瀧口は三つしか違わないので交流があったのか知らと思い何となく年譜をみていたら、瀧口修造自筆年譜の1928年のところに、「この頃、銀座で稲垣足穂に会い、また冨士原に誘われ巣鴨の自宅を訪ね、ほとんど無一物の部屋で一升瓶の冷酒のもてなしを受ける」とあった。そうか、互いに「守護天使」と呼び合っていた冨士原清一瀧口修造は連れ立って足穂に会いに行ったんだ。想像してなんだかそのことが嬉しい。ちなみに、足穂も瀧口も父親がお医者である。


中野嘉一による『稲垣足穂の世界』は「G.G.P.G.のころ」「竹中郁VS.稲垣足穂」「石野重道詩集『彩色ある夢』とその時代」「春山行夫稲垣足穂のこと」など、モダニズム詩の時代を知るにはもってこいの興味深い記述が満載なので、折に触れて読み返していたはずなのに、ああ、それなのにそれなのに、前に足穂の詩として紹介した(id:el-sur:20090625)"Ode to the Moon"の作者は、実は足穂ではなく友人の石野重道であった.....!ということが今回の再読で判明した。わー、すみません!ここにお詫びして訂正いたします。


筋金入りの足穂ファンとして有名な「信州のコタニさん」こと古多仁昴志さんによるコレクション展示は、足穂の自筆資料(「雛芥子の花のあいだにプラチナの豆ヒコーキを飛ばせてみたし」だなんて可愛らしい!)のみならず、「第二回未来派美術展覧会」目録(1921年)なんていう物凄いエフェメラもあって、とにかくため息ものに凄いのだけれども、その石野重道による『彩色ある夢』(1923年、装画・稲垣足穂)の現物も飾られており、これまた「おお!」であった。来年はさらに展示が充実した「古多仁昴志 タルホグラフィー展」*2がはじまるので今から楽しみです。

*1:『ドノゴトンカ』のサイトが出来ている! http://donogo-o-tonka.jp/

*2:http://donogo-o-tonka.jp/index4.html

2010年の3(観た順、読んだ順)


[小説・評論]:
平出隆『鳥を探しに』(双葉社)(id:el-sur:20100125)*1
川崎賢子尾崎翠 砂丘の彼方へ』(岩波書店)(id:el-sur:20100408)*2
・ローベルト・ヴァルザー『タンナー兄弟姉妹』(鳥影社)(id:el-sur:20101202)*3


[詩とその周辺]:
・外村彰『念ふ鳥 詩人高祖保』(亀鳴屋)(id:el-sur:20100301)
・via wwalnuts叢書01『雷滴 その拾遺』(via wwalnuts社)(id:el-sur:20101008)*4
・『左川ちか全詩集』新版(森開社)(id:el-sur:20101213)


[展覧会]:
【平明・静謐・孤高―長谷川りん二郎展】(平塚市美術館)(id:el-sur:20100601)
【橋本平八と北園克衛展―異色の芸術家兄弟】(三重県立美術館、世田谷美術館)(id:el-sur:20100812)(id:el-sur:20100825)(id:el-sur:20101109)(id:el-sur:20101201)(id:el-sur:20101212)
岡上淑子「夜間訪問」展】(Librairie 6/シス書店)
次点:
【躍動する魂のきらめき―日本の表現主義】(栃木県立美術館、兵庫県立美術館ほか)
【夢みる家具 森谷延雄の世界展】(INAXギャラリー


平出隆『鳥を探しに』は待ちに待った一冊だったので思い入れもあり、文句なしに今年のいちばん。大切に読む。同著者のvia wwalnuts叢書の刊行開始もプライヴェート・プレスの新しいかたちとして果敢な試み。年初に鳥の本を読んだため、上半期の読書は鳥に取り憑かれていた。雪の降る寒い頃に「雪の詩人」高祖保の評伝『念ふ鳥 詩人高祖保』を読めたことは印象深く、その後ずいぶんと長い余韻に浸った。お待ちかねといえば、川崎賢子尾崎翠 砂丘の彼方へ』もそんな一冊。この本から尾崎翠論の新世紀がはじまる。年も押し迫った頃に出逢った、ローベルト・ヴァルザーの小説『タンナー兄弟姉妹』にはひどく感動させられた。下半期は、美術のことをより多く考えていたように思う。映画の時間は美術の鑑賞にとってかわられた。とりわけ【橋本平八と北園克衛展】(三重県立美術館、世田谷美術館)は素晴らしくて、橋本平八とその作品を知ったことは2010年の大きな収穫だった。この異色の前衛芸術家兄弟の1920年代については、来年もこつこつ調べて行きたいなと思う。それと、恥ずかしながら、今年はじめて(!)驚嘆すべき天才・折口信夫の世界に触れられたことも大きな出来事であった。もっとも全集の手紙や日記といった周縁的な部分しか読んでないのだけれども。


.....と、なんだか相も変わらず、つらつらと心の赴くままに書いているのですが、読んでくださっているみなさまへ。この一年も"長くてしつこい"独り言にお付き合いいただきありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください。