しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

book

河野道代『思惟とあらわれ』を読む

河野道代のあたらしい詩集『思惟とあらわれ』(panta rhei、2022年)を読んだ。「無意味」という、つよい言葉で終わる詩集である。 これまでも「わたしの無意味」(「消失点へ向かわない線」/『花・蒸気・隔たり』)や、「なみはずれた無意味」(「珠と替え…

夏休み読書で、田中純『過去に触れるー歴史経験・写真・サスペンス』(羽鳥書店)。著者の『冥府の建築家』には感銘を受けたので、第2章のアーカイブの旅はスリリングだった。 「死者から選ばれている」と思い込むに至るのは、気の遠くなるようなアーカイブ…

蓮實重彦「伯爵夫人」おぼえがき

『新潮』2016年4月号掲載の蓮實重彦『伯爵夫人』を読んで、そのあられもない小説に唖然とする。エッジの効いた鋭い言葉の数々に舌を巻いてきた者としては、「老いてますますさかん」という言葉がぴったりな精気漲るこの小説を読んで、マノエル・ド・オリヴェ…

お知らせ3つ

黄金週間のあいだに参加した冊子が刊行されたのでそのお知らせです。まずは、真治彩さん編集の『ぽかん』05号で附録の「ぼくの百」を担当しました。大切な本を100冊選んでよい、という読書する人間にとっては夢のような企画。拙い文を林哲夫さんの大へん素敵…

方法はいろいろでも、一見つじつまがあわないようでも、それは、未知の幾何学のように、揺るぎない論理にしたがっている。それは、直感では理解できても、合理的な順序で表現したり、理由づけをすることは不可能な、なにか、だった。彼は思った。ものにはそ…

ジュリアン・グラック『ひとつの町のかたち』を読む

お正月休みに、ジュリアン・グラック『ひとつの町のかたち』(書肆心水、2004年)を読んだ。 北村太郎がじしんのことを「街っ子」と呼んでいたように、わたしもまたじぶんを「街っ子」であると思っている。帯文の「少年と町」というのはわたしの好物であるの…

『本の雑誌』はいつも近所の図書館か勤務先の図書館で立ち読みするくらいで買ったことはなかったのだけれど、今回の特集が「リトル・マガジンの秋!」というので、はじめて買って読む。最初のほうのページに掲載されている内堀弘さんの「リトルプレス・紀伊…

中村三千夫さんの小さな冊子(つづき)

国立国会図書館にて、中村三千夫さんの追悼文を閲覧してきた。詩人の安東次男による文が心のこもった文章でひどく感動する。とりわけ最後の一文。 先ごろ、中村三千夫が急逝した。中村三千夫といっても、一般にはなじみのない名まえだろうが、東京渋谷の宮益…

追記:平出隆×加納光於の対話で、詩画集をつくりませんか?と提案したのは加納さんのほうからだったとのこと。平出さんからのアプローチだろうなと思っていたので、すこし驚いた。詩画集『雷滴』は、中心に加納さんによるモノクロームの版画が置かれ、その両…

自分用メモ:平出隆×加納光於「装幀をめぐって」 聞き手を平出さんがつとめ、加納さんが答えるというような図式ではじまった。まず、最初に加納さんがおっしゃったのは、自分は絵描きで専門のブックデザイナーではないのに、どうして装幀を頼んでくるのか?…

『ぽかん』04号、届いた!

そろそろ出掛けようかなと思っていたら、玄関で呼び鈴が鳴った。郵便配達夫が「お届けものです」と言って手渡してくれたのは、有元利夫の絵を手作り封筒にして、美しい記念切手をたくさん貼った、真治彩さんからの荷物だった。わーこれこれ待ってました。急…

今日は学校はお休み、窓の外は雨模様。雨の滴りと冷蔵庫の唸る音しか聴こえない室内です。更新がほとんど途絶えており、ここを見てくださっている方も稀かとは思うのですが、海に小石を投げるようにしてこっそり書いてみます。昨年のことになりますが、TOKYO…

蜘蛛の巣

井口奈己『ニシノユキヒコの恋と冒険』はほんとうに素晴らしすぎて、久しぶりに新作映画を観て昂奮する。あまりによかったのでトークイベントにまでいそいそと参加して、井口監督に直接「ほんっとに素晴らしかったです!」と伝えられたのが嬉しかった。おお…

高祖保随筆集『庭柯のうぐひす』

金沢のすてきな書肆・龜鳴屋さんより、春の訪れとともに高祖保随筆集『庭柯のうぐひす』が届く。まずは、いつもながら丁寧で好ましい造本に感激。緑色の函に入れられ、手にしっくりなじむ小ぶりの丸背本は、本文も緑色で印刷されている。見返しには瀟洒な邸…

five pieces of 2013

2013年に読んで観てよかったものを備忘録として五本ずつ。今年はあまり映画は観られなかったのでパス。それにしても、雑事にかまけて年々読書量が落ちてきているのが深刻...。来年こそちゃんと本を読む生活をしたいと思う。 読んだ順・ジェイムズ・ジョイス…

金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』(新潮社、2012年)*1読了。金井美恵子は新刊が出るとすぐさま買いもとめる僅かな作家のひとりだったのに、ここ数年はすこし興味の方向が小説からずれてしまったこともあり、今まで読ま…

近代ナリコ『女子と作文』(本の雑誌社)*1を読む。 この本で採りあげられた書き手はほとんどが女性であり、男性であれば「女性が書く」ことをモティーフにしたものを扱っている。『トマトジュース』シリーズの大橋歩、尾崎翠も投稿していた『女子文壇』で筆…

書庫で一冊:ローベルト・ムージルの語る短篇小説「問題としての短編小説。一人の人間を殺人へと駆り立てる体験がある。五年間の孤独な生活へと駆り立てる体験もある。どちらの体験がより強烈か。およそそんな風に、短篇小説と長篇小説は区別される。突然の…

週末、大型書店に鳥影社から刊行中のヴァルザーの新刊『ローベルト・ヴァルザー作品集3』*1を買いに行ったのだが、あいにく品切であった。たぶん発売日を待ってすぐにもとめた人がいたのだ。わたしはちょっと出遅れた。今は、ゼーバルトを読んでいるので、じ…

生島遼一『春夏秋冬』所収の「弟の玉子焼」というエッセイは、しみじみよい書きものであるが、そのなかに期せずして中村正常の名前がちらと出てきたので、久しぶりに尾崎翠のこと(id:el-sur:20090625)を思い出した。あの珠玉の文章作品を書いた翠が『詩神…

生島遼一『春夏秋冬』(講談社文芸文庫)*1 黄金週間のあいだに一度、他の本と一緒に読んでいたのだが、その時はあまりにもさらっと読んでしまったので、なんとなく再読したくなって、また読み返している。山田稔さんのいつもの抑制された、けれども、ふかい…

柏倉康夫『マラルメ探し』(青土社、1992年)よりメモ:「私はこの桁外れな作品を見た最初の人間であると信じています。マラルメはこれを書き終えるとすぐ私に来訪を求め、私をローマ街の居室へと招じ入れたのでした。......彼は黒ずんだ、四角な、捩じれ脚…

『spira/cc』01号

思うところあって、しばらくここを放っておいたのですが、またそろそろと再開するかも・しないかも。Spiral Recordsとcrystal cageが協同で発刊しているフリーペーパー『spira/cc』01号に、河野道代さんの『時の光』の書評を載せていただきました。12月にこ…

黒田夏子『abさんご』*1を読む 物語を要約したらわずか数行で終わってしまうだろうこの小説は、読みおえたそばから、ふたたび最初の頁に戻って読みはじめたいと思ってしまう不思議な魅力にあふれている。うっとりと感嘆のため息を吐きながら、もう五度ほど再…

ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』を読む 年の瀬に、ひょんなきっかけから、ハリー・クロスビーという作家のことが気にかかった。翻訳も見当たらず、日本語のwikipediaもないので、日本ではほとんど忘れられた作家なのかもしれない。勤務先の蔵書目録をち…

crystal cage叢書: 河野道代『時の光』(TPH, 2012年)を読む これは、身辺雑記と括られるたぐいのものかもしれないが、驚くべき「性能」をもった眼を通し、磨き上げた鉱物のような光を放つ言葉をそこに配することで、これほどの高次な芸術に貌を変えること…

叢書crystal cage 16日の夜、青山のSpiral Recordsにて、crystal cage叢書刊行記念トークセッション(平出隆+港千尋+三松幸雄)*1に参加した。 版元のTPH(Tokyo Publishing House)の横田茂さんと平出隆さんとのあいだで、かれこれ10年以上の長きにわたっ…

アオイ書房『新詩論』を閲覧する オレンジ色のかぼちゃを模した飾り付けに彩られた住宅地のあいだを通ってゆく。なぜかわたしが駒場の近代文学館に行くのは決まって10月のこの時期なのだなあ、と今年もそんな家々を眺めやりながら思う。わたしはハロウィンと…

78 リスは、すなわち木鼠です。地上へも来ますが、多くは樹のうえをまわり歩いて、植物質を荒します。リスの食わない樹の実は少ないくらいでしょう。ことにブナ、カシ、クルミの果実は、ひどくわたしの好むところであります。 平出隆『胡桃の戦意のために』…

十月

「......彼の家の傍には、大きな樹々の並木道がございました。そこを端から端まで、往ったり来たり逍遥しながら、彼は幾時間もの間、自分の孤独極まりない身の上を思い続けたり、遐かなくさぐさの存在が、その暗がりの不気味な深みの中に、まだ何か、希望と…