しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


平出隆『鳥を探しに』(双葉社、2010年)*1

鳥を探しに


不思議な余韻を残す小説である。


1964年2月に七十二歳で亡くなった「左手種作」と呼ばれる著者の祖父は、ひとりの自然観察者であり、独学で五カ国語をマスターして翻訳にも携わり、また絵筆もとった。アマチュアの愉しみとして、である。引き取られた遺画稿類は、長い時間をかけて少しずつ詩人に影響を与えつづけた。彼を「祖父について書く」ことに向かわせたのは、「ただ少年時代以来、遺された日記や草稿や蔵書や絵が、家うちの暗がりから、ずっとこちらを見つめてくるような感じを抱き続けていた」「そんな感じをなんとかしなければ、という思い」(p.9)であったという。


まるで綾織りの模様のように、著者の声と祖父の声とが交互に重なりあい響きあう。それは詩人の今までの作品にはない不思議な肌ざわりである。確かに著者は今までも、"祖父たち"=死者の言葉に耳を澄まし、その言葉の森ふかくに入り込み、長い時間をかけてさらに襞にわけ入ってゆくことを熱心に続けてきた書き手の一人だったといえるだろう。わたしたちはそのことを、詩集『若い整骨師の肖像』のあとがき「......この本はまた、渾沌に形を与えようとした他の幾人かの死せる祖父たちにも捧げられる」という一節から、或いは、たった一冊の詩集を遺して月の彼方へ消えてしまうように詩壇を去った男の軌跡を辿る評伝『伊良子清白』などでつぶさに目撃してきた。わたしが偏愛している『葉書でドナルド・エヴァンズに』は、架空の切手を描いた画家ドナルド・エヴァンズに宛てた手紙から成るたいそう美しい本であるが、エヴァンズの声はあくまでも著者平出隆の言葉によって濾過されるかたちでこちら側に響いてくる。しかし、この本では著者の文体とはあまりに異なる「左手種作」の言葉が直に読み手の眼前に差し出されるのだ。


断章ともいえる様々な時間の重なりが――それは結晶学者と語らうベルリンの部屋であったり、友人たちと家族が同行した対馬旅行の途中であったり、田村隆一と著者の父親が鉢合わせになる文壇バーであったりするのだが――「左手種作」の遺した途切れ途切れの物語に挿入されるように幾重にも堆積して層となる時、それは突如として何とも不可思議な旋律を帯びた和音を奏ではじめる。そしてその重なりあう和音が響き増殖しやがて小刻みな震えとなり、長い時間をかけて、砂鉄が偶然に描きだす小波のような模様をかたち創ってゆく。そこに朧に浮かび上がってくるのは、緑にくるまれ抱き寄せられているかのような安堵と神聖で得体の知れない自然に対する畏怖の入り混じった感覚と、時空を越えてこちら側に響いてくる死者たちの言葉である。彼らの声が奏でるポリフォニーは何と豊潤な響きを包含していることか。そうだ、わたしたちはもう長いことずっと、死せる者たちの言葉に勇気づけられてきたのだ。


鳶色の紙でくるまれたその本のジャケットは「ひさぎ」「べにばな」「やまもも」などの素朴な美をたたえた植物画で彩られ、見返しにはキタタキの絵とともに、もう一度見てみたいと願っていた(id:el-sur:20091117)「スモーキさん」の海栗島の小屋の様子を描いた油絵があしらわれている。ゴッホの自画像を模写した絵の隣りに掛かっているのは、どことなくモディリアーニの女性画を模したものなのかな?と思う。画の右下に座り三角の耳を立ててやや緊張したふうに見える虹彩が黄金色の黒猫は、さすがに紅の帽子はかむってはいないが、お腹の白いところがキタタキに似ているのもよいし、嬉しい。