しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


森まゆみ『断髪のモダンガール 42人の大正快女伝』*1文藝春秋



去年から何かと気になるささきふさが取り上げられていると知って、発売日を楽しみにしていた本。ささきふさは、長谷川時雨と『女人芸術』を創刊し、また、アナーキズム系婦人誌『婦人戦線』を創刊した、望月百合子の「とっても素敵な友だち」として登場する。著者も書いているが、ささきふさという名は「古い雑誌をめくるとよく出会う名前」「昭和初期には雑誌をいろどるセレブの一人」なのに、今はもう忘れられてしまっている文学者と言えると思う。



昨年、岡田時彦について調べているときも、よくささきふさの名前に出会った。『婦人サロン』(昭和五年、第二巻、第十一号)のアンケート「現代美男美女集」の中の「文壇の美男美女」では何と三分の一がささきふさと答えているし(id:el-sur:20071111)、『映画時代』(昭和三年、十月号)の座談会企画「岡田時彦・鈴木伝明・中野英治・山内光」の「日本代表的美人選出」なんていうお題の中にもささきふさの名前が登場する(id:el-sur:20071009)。名前しか知らなかったささきふさについて興味を持ったのは、装丁を見るだけでわくわくする、春陽堂の世界大都会尖端ジャズ文学シリーズ『モダンTOKIO円舞曲』の中にその名を見つけたことと、川崎賢子原田健一岡田桑三 映像の世紀 グラフィズム・プロパガンダ・科学映画』*2平凡社)を読んだ中で、中江百合と並び、瞳が好奇心にきらきらと輝いているような才気煥発なお嬢さんとして描かれており、それがたいへん強く印象に残ったからであった。文末に「趣味のある才女」の寸言として挙げられている文章は、何とも優雅で洗練されていて、時々この時代の婦人雑誌で名前を見かける、一木薔子という名の謎の文筆家(この人についても調べたい)をはじめ、モダンガールと思しき書き手にかなりの影響を与えているのではないかと思う。(その一木薔子のエッセイ『銀座風景』にもささきふさの名前が登場する)ささきふさは時代の尖端をゆくモガにして才女にしてお洒落リーダー的「東京のお嬢さん」だったのね、きっと。



「金が尽きたら次の男」というたいへん判りやすい、ここまでやれば天晴れという感じに妙に好感が持てる破天荒な武林文子、有島武郎と心中事件を起こした『婦人公論』記者の波多野秋子(新聞雑誌には一切書かないと公言していた永井荷風も彼女の依頼なら書いたというのも頷けるおっとり美人!)、賞は有名だけれども、文章は読んだことがなかった、これまたたいへんな美貌の田村俊子、夢二を捨てて徳田秋声に走った山田順子(美貌に迷わされて才能のない弟子を褒めちぎる秋声が哀れに思える)、大正十三年にドイツから帰国した村山知義を中心に発刊されたダダ雑誌"MAVO"の、"V"の頭文字となったロシア人画家・ワルワーラ・ブブノワ*3など、気になる「快女」が満載でこれからの読書の大きな楽しみとなった。とりわけ、辻潤から大杉栄のもとへ走った伊藤野枝に手紙で熱烈に求愛していた木村荘太という青年が、木村荘八木村荘十二らの兄弟だった!と知ってこれは大いに驚いた。色々なところで繋がっていておもしろいなあ。あとがきで「取り上げたかった」人物として、三宅やす子と藤原あきの名前を見つけて「おお!」となる。特に、川口松太郎の本や高見順編『銀座』に登場する、オペラ歌手藤原義江の妻・あきについてはぜひ詳しく知りたいもの。



この本に繰り返し登場する、白山上にあったアナキストの溜り場「南天堂」を中心とした文化もちょっと気になっている。読みさしの扉野良人『ボマルツォのどんぐり』*4晶文社)にも、こちらは本の方だけれども『南天堂』のことが出てくるのだし。著者が繰り返し褒めている、ダダイスト辻潤の詩を今までちゃんと読んだことがなかったので、この機会に読んでみようと思う。それに、竹中労『日本映画縦断』で詳しく知ったトスキナア・古海卓二のことも。ダダイスト辻潤*5とトスキナア・古海卓二は岡田時彦を介して繋がっている、という事実は、わたしをひどくわくわくさせる。

*1:isbn:9784163698403

*2:isbn:9784582282436

*3:ちなみに、”M”は村山知義、"A"は柳瀬正夢、"O"は大浦周蔵か尾形亀之助なんだそうだ、そうだったのか....!と、書いてから「やや、変だぞ」と思って手元の本を見たら、大浦周蔵が大「川」周蔵になっていた。これは誤植でしょうねー。

*4:isbn:9784794967244

*5:英パンが谷崎潤一郎から「岡田時彦」という芸名をもらった時、その場に辻潤が居た、ということを知って、その後ずっと心に引っかかっていた。