しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

マキノ雅弘弥次喜多道中記』(1938)『次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』(1953)『次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港」 (1953)



山手線の改札を出てそのままマークシティの4階からすいすいっと円山町のホテル街を抜けて坂を下るとすぐ辿り着くことのできる名画座シネマヴェーラは、車内の窓からいつも変わらず物凄い数の人が見えてくると、これからあの場所に降り立つのだ、と考えただけで顔をしかめたくなるような渋谷駅前のスクランブル交差点を抜けなくて済む、というだけでわたし的にはかなりポイントが高い映画館なのだけれど、今まで観たどの作品も期待を裏切らない面白さのマキノ映画を観るというので、いつもよりもさらに足取りも軽く出かけた日曜日。


マキノ雅弘弥次喜多道中記』(1938)『次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』(1953)『次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港』 (1953)の三本立てを観る。この内『弥次喜多道中記』は去年の文芸座でも観たので2回目だけれど、次郎長シリーズは今回がはじめて。映画三本立てというのははじめてのことで体力的にも集中力的にもちと辛かったけれど、そうとはいっても、そこは面白さお墨付きのマキノ映画なので、わたしにしては珍しく途中陥没することもほとんどなく、よく笑い、時々ホロリと涙ぐみながら、おもてが暗くなるまで映画を楽しんだ。


どの作品もよかったけれど、やっぱり『次郎長三国志 第三部』の森繁久彌演ずる森の石松ったら!
森繁久彌の出ている映画なんてほとんど観たことがないし、どちらかというとネガティヴなイメジしかこの人には持っていなかったのですけれど、森の石松役がぴたりハマってて、しかも物凄い芸達者なのでびっくりした。こんなに凄い俳優さんだったんだ、この人。


投げ節のお仲役の久慈あさみ姐さんの艶やかで色っぽいこと!匂い立つような色気のある女はたいてい仕草を観ていると指先にまで神経が行き届いている感じがしますが、この人もそんな風。これじゃあ、石松が参ってしまうのも無理はありません。あとは素晴らしい流し目ね!


次郎長の子分たちも皆それぞれ個性があって素敵だけれども、その顔の中に、DVDで繰り返し観すぎたので島津雅彦演ずる次男の勇ちゃんの台詞はもうほとんど覚えてしまったほどに大好きな小津安二郎『お早よう』に出てくる田中春男を発見して「あ!」と嬉しくなる。石松と仲良くお仲さんに惚れてしまう追分の三五郎役の小泉博武田真治似だわね)の気障な色男っぷりもいいし、あと何と言っても合間合間で挿入される二代目・広沢虎造浪曲がむちゃくちゃ格好いいのでいちいちシビれる。


そういえば、去年の文芸座で観た『続清水港』(1940)で片岡千恵蔵広沢虎造が船の中でべらんめえ調の掛け合いをするシーン(「江戸ッ子だってねえ」「寿司を食いねえ」「神田の生まれさ」などとたたみ掛けるように活きのいい言葉が被さって大へん見応えがある)があったのだけれど、それもめちゃめちゃ格好よくって観終わってあやうく「キャーッ、千恵様!」とか言い出しかねないような感じになってしまった(←ミーハー...)のを思い出した。


ああ、おもしろかった。
それにしてもマキノ雅弘のサービスっぷりは凄いよ!笑いあり、涙あり、チャンバラあり、人情あり、おまけに、お色気まである。ないものはない、というこれぞ完璧な娯楽映画の神髄、素晴らしいです。観終わってから拍手したくなったもの。


次郎長シリーズ、今週末から文芸座でかかる吉村公三郎とも相談なので、全作品は無理だけれど、森繁久彌が凄いと噂の『第八部』はきっと観に行く。