しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

溝口健二『瀧の白糸』(1933年、入江ぷろだくしょん/新興キネマ)


泉鏡花の『義血侠血』を原作とする、無声期の溝口を代表する新派メロドラマ」(フィルムセンターで行われた特集上映「没後50年溝口健二再発見」紹介文)で、現存していない『日本橋』以来の泉鏡花作品を映画化した「明治もの」と言われている作品。



とりあえず、配役の字幕に英パンの名前「岡田時彦」が一等最初に出て来た時点で、もう目頭押さえてしまう(←ほとんどビョーキ)という、果たしてこれが正気と言えるか否か判らないような状況で鑑賞したのだけれど、この作品の英パンは本当に本当に素晴らしかった.....!現存しているフィルムの中では、間違いなくこの作品の岡田時彦が一番素晴らしいのではないか?と思ってしまう。映画評論家の岸松雄がその著書『日本映画人伝』にて「俳優岡田時彦の勝利だった」と絶賛したというこの作品は、溝口作品の醸し出すたおやかな日本の美とも言うべき情緒が画面の隅から隅にまで、まるで草の上の夜露が細かな霧となって辺り一面を漂い覆っているかのように溢れ返っていて、ただ観ることの喜びに身を浸すことを許してくれる。



映画は、気品と美貌で当代一のスターであった入江たか子扮する水芸人の太夫・瀧の白糸が、見世物小屋の楽屋で化粧をする間に、岡田時彦演じる馬丁・村越欣弥との出会いを回想する場面からはじまる。入江たか子のはにかんだような含み笑いのショットを挟みながら、引きのショットで映し出されるのは、なだらかな蛇行を描いたような山間の道で繰り広げられる馬車と人力車の競争シーン。人力車が馬車を抜いたところで乗客からは「文明の利器たる馬車が人力車に負けるとは何たることか!」と野次が入り、最初は乗客のやんややんやに「馬に聞いてくださいよ」とむっつり口を真一文字に結びそっけない馬丁・欣弥(岡田時彦)であったが、そんなに言うのなら、と馬にぴしぴしと鞭を入れ物凄いスピードで人力車を追い抜く(このわくわくするような活劇的シーンの素晴らしさ!にキャーとなる)が、あまりに無理にスピードを出したために馬車が壊れて立ち往生。夕方までに目的地に着かないと、という瀧の白糸に「姐さん来てください」と馬を馬車から外し、呆気にとられる他の乗客を尻目に、裸馬に彼女をまるでカウボーイのようにふわりと乗せるとあっという間に物凄い勢いで砂埃とともに走り去ってしまう。



この血湧き肉踊るようなシーンに続いて、冒頭の喧噪が嘘のように静まり返った夜中、見世物小屋の中から衣紋を大きく抜いた高島田姿も艶やかな瀧の白糸が河原に涼みにでてくる。「もう一度、欣さんに逢いたい」との思いを胸に秘め、ふと卯辰橋の上を見遣ると朧月夜の橋の上に人影がある。近づいてみると、果たしてそれは先日の馬丁・村越欣弥であった。聞けば、法律家を志すも天涯孤独の身となり生活のために馬丁をしているとのこと、そんな彼に白糸は学費の工面をしたいと申し出て欣弥を東京に向かわせるのであった、と、まあ、あらすじを書いてしまえばこんなところなのだけれど、この闇を月夜が辺りを照らし出す河原での二人の、まだこの時点では他人同士という設定にもかかわらず、まるで逢い引きとしか思えないような様々な動きのあるシーンは、霞となった粒子が月光をかすかに浴びて辺りを仄暗く包み込むかのような画面と相俟って、本当に匂い立つように美しい。



面倒見のよい姉御肌で男勝りの水芸人・瀧の白糸が、過日の無茶がもとで仕事を失ってしまったために、幾分ぶっきらぼうな馬丁・村越欣弥に見せる媚態は、女の可愛らしさが十二分に出ていて観ていて微笑ましく、やがて二人に訪れる悲劇的運命を思うとき、この唯一と思える二人の幸福なシーンがあまりに眩しく美しいがために、なおいっそう残酷な運命が際立って、観るものの心を震わせる。というか、もうね、ユーモラスな活劇に連なる形で、こんな美しいシーンが待っているなんて!この月夜の河原のもとで映し出される岡田時彦入江たか子のしっとりと濡れたような美をたたえたシーンは、流麗な絵巻物を眺めているかのようにも思えて、ひたすらにうっとり夢見心地....美男美女はやはり絵になるナア、と言ってしまえばそれまでなのですが、そんな軽々しい言葉ではとても言い表せない情感がここには溢れている。



小津安二郎の映画で岡田時彦という俳優に出会い、それからひたすら岡田時彦を追いかけて、最後の最後に(って、まだ観ていない牛原虚彦の現存作品もあるけれど)この無声映画の傑作『瀧の白糸』を観ることができた。そのことがしみじみ嬉しくて、もう映画がはじまってからは、ほとんど岡田時彦が映るシーンでは目頭を押さえ続けていたので、冷静に鑑賞できたとはとても言えないけれども、今まで観たどの作品の岡田時彦よりも際立って美しく、透徹した凄みのある素晴らしい演技であった、まさに「俳優岡田時彦の勝利だった。」(岸松雄)とわたしも思う。



この映画の公開から一年も経たないうちに、ついに一度もトーキーに出ることなく、谷崎潤一郎に見出され可愛がられ、太宰治は『人間失格』の主人公のモデルとし、小津安二郎には「岡田がとても上手くておもしろかった」と感嘆され、溝口健二もその巧さに舌を巻いたという、不世出の二枚目俳優・岡田時彦結核のためその生涯を閉じる。



まだ三十一歳になるかならないかという若さであった。