しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


月末にプラトン社の展示を観に大大阪へ行くというので、そわそわと阪神間モダニズムが気になりだして、図書館で『ハイカラ趣味と女性文化 阪神間モダニズム展』(芦屋市谷崎潤一郎記念館)の資料集を借りてきてぱらぱらとやる。様々な作家が阪神間について書いたのを読むのは大へんに興味深い。谷崎はもちろん、稲垣足穂織田作之助金子光晴与謝野晶子徳田秋声、森田たま、横光利一など蒼々たる文学者(あと、文学者じゃないけれど、小出楢重の書いたものが載っていてにんまり)が書いているなかで、九條武子が載っていたので「お!」となる。九條武子はつい最近、戸板康二『泣きどころ人物誌』(文春文庫)で知ったのだけれど、佐佐木信綱に師事した大正三大美人の一人(あとの二人は柳原白蓮と江木欣々なんですって、この二人も気になる)と称される才色兼備の歌人で、長谷川時雨の『美人伝』によると「何一つ疵のない上流」の出自も申し分なく、大正初期を代表する美人として褒めそやされており、何しろ「桜の花のかたまりのような、麗しいお方」なのだそうで、はてさて一体全体どんな美人なのやらと気になって、肖像ありの本を探し出して、書庫で眺めたりしていたところだったのだ。古い写真で見る九條武子は卵形のやや面長な輪郭に、涼しげな目元、薄い唇のおちょぼ口といった感じで、今見ると「それほど美人かなあ、一葉の方が綺麗じゃないか知ら?」とは思うものの「いつも鮮やかな高貴の相、立姿もまことにあでやかに典雅」(吉屋信子)とある通り、ほっそりとした首筋からはんなりとした高貴な香りが匂い立つような麗人だったのだろう。


話はまた元に戻るけれど、資料集のなかでいっとう気になったのは、ジャーナリストで『サンデー毎日』を創刊し、昭和元年には編集長もつとめたという、北尾鐐之助『阪神風景散歩』(1929)からの引用。龍胆寺雄もびっくりなモダーンぶりでわくわくと嬉しくなってしまう文章、こんな感じ。

私はときどき、阪神国道の歩道をあるいて、近代文化の生んだ、すばらしいスピードの運行を眺める。(中略)

三人連れの若い女が、口笛を吹いて通る。三人とも、断髪(ボッブ)の、口紅の、スエーターの、軽快な足どりで、ペーブメントを高い踵で叩いて行く。

印度更紗のパラソル、燃ゆるようなダリアの帯、手に油絵具の箱をさげて、遠い夢みるやうな眼ざしの美しい少女。


「スピード」「断髪」「ペーブメント」というモダン都市のキーワードがいくつも出てくるじゃないの!

「印度更紗のパラソル」に「ダリアの帯」なんて、何て素敵なモダンガール!

うっとりと夢見心地のまま、庭園美術館*1へ赴くことといたしましょう、勿論、アール・デコの帯を締めて行くわよ!と矢鱈に気分は「モダン都市」の夢へとめらめらと盛り上がる。


...こほん、と軽く咳払い。
それはさておき、北尾鐐之助の書いたものをもっと読んでみたい。