しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


週末記。
朝からアスファルトに日が照りつけて真っ白に見えるほど眩しい。
黒いリボンの付いたつばの広い麦藁帽子を目深に被っておもてへ出る。



企画展をやっていないのでがらんとした国立近代美術館にて、いつ観ても素晴らしい常設展示(長谷川利行「新宿風景」岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」中村彝「エロシェンコ氏の像」「大島風景」安井曾太郎奥入瀬の溪流」川端龍子「草炎」小出楢重「裸婦と白布」etc, etc...)とともに、楽しみにしていた特集「モダン都市TOKYO─昭和初期の風景の変容」を観る。先日の阪神行きの際、中之島図書館にて知った前田藤四郎の作品があるかな、あるといいなと思っていたのだけれど、説明文をフムフムと読んでひょいと横を見遣るとすぐに「時計」(1932年)が飾られていたので「おお!」と喜ぶ。リノカットで真ん中の時計の中身の部分がコラージュ。色遣いにもモダンな香りが漂っていて、わたしの好きな感じ。地下鉄銀座線開通のポスターを思い浮かべるからか、何故かいつもそこから『浪華悲歌』の山田五十鈴*1を思い出してしまう、杉浦非水「銀座三越 四月十日開店」(1930年)ににんまりし、織田一磨「すきや河岸」(1929年)にじんわりし、小泉癸巳男(こいずみ・きしお)「春の銀座夜景」(1931年)に「!」となる。銀座のネオン輝く街角、これぞわたしの好きなモダン都市TOKYO!と脈が上がる。「伊東屋」「三越」「銀座会館」「クロネコ」の赤いネオンが見える。路面電車のあかり、銀座の夜の名物だった路肩に立ち並ぶ夜店。長谷川利行の「タンク街道」と同じ年に製作された「千住タンク街」(1930年)。ヒコーキ好きの北村小松や北尾鐐之助に思いを馳せてしまうのは「羽田国際飛行場 」(1937年)。どの版画も素敵。これは、これらの作品が収められている『昭和大東京百図絵』という図録をぜひ眺めなきゃと思い、その足でライブラリへ行き、小泉癸巳男『東京百景:版画』(講談社, 1978年)をじっくりと閲覧する。「永代と清洲橋」(1928年)に登場するのは、ベレー帽に断髪のモダンガール、だぶだぶのセーラーパンツを履いたモダンボーイの二人連れ。どれもこれも観ているだけでうきうきしてしまうような作品群。小泉癸巳男を知ることが出来たのがいちばんの収穫だった。



端末に向かっているついでに、フィルムセンター所蔵の図書で「もしかすると英パン発見?」な匂いのするものをいくつか選んでメモ。英パンが亡くなった時に世話人をやった親友、高田稔・鈴木伝明・中野英治のうち、高田稔と鈴木伝明については著作があるらしい。これも近いうちに閲覧に行かねば。



美術館を出て、お堀の静止したようにどんより緑色に濁った水を見遣りながら高速道路をくぐり、学士会館にて遅めのお昼。その後、APIED vol.11*2を手に入れるべく書肆アクセスに行ったのだけれど、何と売り切れだった....ショック、ショックで暑さ倍増。このために神保町に寄ったのに。気を取り直して東京堂にて本を何冊か買って、そういえば最近行ってないな、と百合子さんのミロンガにて一休みしながら、図書館で借りて読んではいたものの、やはりこれは今のわたしの興味にはど真ん中な基本文献なので買わないと、と思い直し、今更ようやっと購入した田中眞澄先生『小津安二郎のほうへ モダニズム映画史論』(みすず書房, 2002)*3を読みふける。岡田桑三=山内光のことも、清水宏『港の日本娘』のこともちゃーんとここに書いてある....。記憶に残っていないということは、昨年読んだ時にはどちらも読み飛ばしてしまっていたんだなあ。やっぱり本も折に触れて何度も読み返さないと駄目なのだ、特にわたしのように物分かりの悪い者は。


*1:彼女が地下鉄のホームを闊歩するシーンが大へん印象的。

*2:親切な読者の方より特集が尾崎翠だと教えていただいたもの

*3:isbn:462204269X