しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


鈴木卓爾私は猫ストーカー


あんな謎な客層の映画ははじめて、というくらい老若男女入り乱れ、おまけに子供までいた。文化系若人で溢れ返っていると思っていたのに意外。まもなく客席の大部分を占めるその手の方々はひたすら猫目当てに来ているのだということが判り苦笑、いや、別にいいんですけれどね。その方々がざわつくのは猫の映るシーンのみなんですもの!家人と顔を見合わせて苦笑。でも、『子猫物語』的な目当てでこの映画を見に来たのだったら、少々肩すかしだったかもしれません。だからなのか、途中で退出してしまう人も何人か居た。


映画は音声とキャメラが素晴らしかった。特にヒロインの家の中のシーンでの音声が素晴らしい。ミネラルウォーターを飲む時に喉をこくこく鳴らす、本のページをめくるかさかさとくぐもった音を立てる、などを丹念に拾っていて、あらためて静謐な映画には音声が極めて重要なことを感じた。それと、この監督はどう写せば女の子が魅力的に撮れるかということをよく判っている人だと思う。ヒロインが真っ赤な林檎に歯を立てるのは「これずるいでしょ(いいに決まってるじゃん)」という感じ。


特筆すべきはヒロインの女の子が昔の恋人と電話をするシーン。主人公の女の子と青森で林檎を作っている昔の恋人とをキャメラは切り返しではなく、パンしながら交互に映すという大胆さ。彼等はまるで同じ部屋に居るのだ。電話を切ると林檎がひとつだけころんとテープルの上に転がってシュールな空間はふいに終わり彼女は現実に引き戻される。ここのシーンはオリヴェイラ的な大胆不敵さが感じられて上手いなあと感心する。


真っ赤な座布団に座る黒トラはまるで長谷川りん二郎の猫だし、古本屋の書棚にはパラフィン紙に丁寧に包まれた金井美恵子『噂の娘』『重箱のすみ』『軽いめまい』が並んでいるのが二度も映り込むし、主人公の女の子がいつもメモ帖として使っているのは月光荘のホルンのマークの入った黄緑のもの(私ももっている!)だし、ある種の文化系な記号が散りばめられているのが、やれやれと思うところも無きにしもあらずだけれど、匙加減はきちんと考えられているのでこれは成功していると思う。蓮実重臣さんのスペーシーな音楽も大へん可愛らしくてよろし。


ヒロイン役の星野真里は顔が綺麗に整えられすぎで本物の「猫ストーカー」ぽくないのがやや難で、坂井真紀はくたびれた中年女をとても上手く演じていて「おお」と思ったけれど、他の傍役の登場人物が結構カリカチュアされている(お坊さん役の俳優さんの大仰さが演劇的でちょっと....)のが鼻につくところもあり、あとラストシーンに差し掛かっての重要な台詞「私なんか追い掛けても何も無いですよ」という主人公に、彼女をストーキングしている男の子が応答する台詞が「今日もいい天気ですねえ」(だったか何だかそんな台詞)だというのが、惜しいなあ.....!台詞が練れてないというか、安易な表現というか、もうちょっと何かいい台詞がなかったのかなあ、と思う。