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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

art murmur art murmur


長谷川りん二郎が戦前にアトリエをかまえ亡くなるまで過ごした場所が住んでいる家の近所だったと知ったのは、大判の画集『夢人館4 長谷川りん二郎』(岩崎美術社、1990年)を手に入れてからなので、もう二、三年前のはずだというのに、その場所をいちど確かめてみようと思いながら、いつでも行けるという気安さからか、かえって足は遠のき、つい延ばし延ばしにしていたのを、ようやくこの前の薄曇りの日曜日の夕刻、大きな桜と欅を越えて越えて薄紫の桐の花や蕺草の白い花が群生している半日陰の空き地を通り抜け、ひとつひとつ番地を確認しながら進むと、果たしてその場所があった。りん二郎が愛猫タローと一緒に住んでいた場所。


ここのところずっと試験やらレポートやら何やら面倒くさい雑務でばたばたしていたのを、これだけはと思い、平塚市美術館で開催中の「平明・静謐・孤高―長谷川りん二郎展」を無事に観に行くことができて、間近に対面する日を長いあいだ夢想してきた《猫》(1966年)をじっさいに前にすると、ずいぶんと小さな絵だなあ、といくぶん拍子抜けしたような気分になったものの、しばらくじっと観ていると、ああ、これか、そうか、これだったのか、とじわじわと感動が押し寄せてきた。隣で一緒に観ていたおばあさんが「あらッ、まあー、何て気持ち良さそうに寝ている猫なんでしょうねえ....(ごにょごにょ)」と言うのを聞きながら、「そうですよねえ」と心の中で相槌をうって、その見知らぬ人に向かってにっこり微笑みかけてしまうほどに、この絵は幸福な絵なのである。


キャンバスの布地が透けてみえるほどのうす塗りにグレイと赤とに区切られた背景のあいだで、こんもりとした勾玉のようなかたちをしてまどろんでいる黒トラのタローは、口角がこころもち上がっているようで、どことなく微笑んでいるようにも見える。じっと観ていると本当に彼のたてるかすかな寝息が聞こえくるようだし、その規則正しい呼吸に添って三角の耳の中に生えている白っぽい短い柔毛が微動する(そして猫は時折耳をぶるんと震わせるだろう)のをうっとりと眺めているかのような気分になってしまう。


その絵の隣には「タローの履歴書」なるものが展示されており、最後にはちゃんと前足の拇印も押してある。か、可愛い......。あまりに可愛いので観ていて奥歯の噛み合わせがしばらくじんと痺れたようになってその場に立ち尽くしてしまう。「好きなもの」の欄に「アジ、牛乳、貝類、チーズ」とあるのが、これは金井美恵子・久美子家のトラーの好物と一緒ではないか、と思う。「賞罰」の欄に叱られると「目をとじ、耳をたれて床の上に平たくなり、さらに平たくなり、女主人の大きな声を出す度ごとに平たくなり」とあるのが、武田百合子『遊覧日記』に出てくるカメラ・アイとしか言いようがない物凄い表現「....上等そうな銀色の着物に銀色の帯をしめた中年過ぎの人が、石畳につまずいたかして、つんのめった。(中略)頭骨と石畳がぶつかって、ごっとんという音がした。それから手帳を握ったまま、ごりごりと石と髪の毛がこすれ合う音をさせて、頭だけで全身を支えて擦っていったが、とうとう最後には力尽き着物と帯の部分も地面について、平たくなった。」(『遊覧日記』p.84-85)というくだりを思い起こさせるのが可笑しくて、ふっと笑いそうになった。


りん二郎の絵の不思議な魅力については、以前、ここ(id:el-sur:20080924)に詳しく書いたことがあるけれど、今回は初の大回顧展とのことで、観たことのない絵もたくさんあったのだが、それらの作品を見ても、やはり長谷川りん二郎という画家は何とも不思議な画家だと思う。1940年に描かれた《ガソリンスタンド》という画など、これが戦前の日本の風景とはとても思えない。がらんとして、しんとしている。この画から想起するのは、むしろホッパーの描く寂しいアメリカや、ヴェンダースジャームッシュのロード・ムーヴィといった類いのものだ。そして、1980年代に描かれた《キャラメル》という小品などは、「あ!ハンマースホイの色だ」と瞬時に思ってしまう。ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵画をはじめて観た時も(id:el-sur:20081005)、これはどことなくりん二郎の絵に似ているなあとは思っていたのだけれども。時代も国籍も軽々と越境してゆく画風。だから、りん二郎の絵は古びるということを知らないようなのだ。グレイの天鵞絨のクッションの上に横たわる黒地に白の猫――これは死んでしまったうちのミルという猫にそっくりの模様で嬉しくなるのだが――を描いた作品《猫と毛糸》が、1930年に描かれたという事実を知って、軽い驚きを覚えない人はいるだろうか。この絵を観ていても、そこには1930年という時代の喧噪を微塵も感じとることができない。まったくの真空状態で宙に浮いているかのように、この画の世界は見事に俗世から切り離されているように見える。いやはや、それにしても長谷川りん二郎という人は。なんというか、このコスモポリタニズムの感覚は、やはり彼が函館というハイカラな港町の生まれで、他の兄弟達も皆が皆それぞれコスモポリタンだったということに関係があるのだろうか。


求龍堂から出ている公式図録『長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚』(isbn:9784763010124)は、図版の色がなあ......!という不満な部分もあるにしても(《葡萄》という作品などモーヴの色合いが全然違う、実物はもっとずっと美しい赤紫なのに)、りん二郎の文章が読めるのはファンとしては大へんに嬉しいことだ。「近況と自己PR」として「二十歳の時描きはじめた画が未だ仕上がらず、今も描いたり消したりしている有様、当年七十四才」とあるのが可笑しく、「熱中していること」は「日常生活」とあるのに感心し、「感銘をうけたもの」は「太陽の光線」で「好きな本」は「リルケシュペルヴィエル」などといった項目を眺めているだけで、にんまりと幸せな気分になってくる。