しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

女優の岸田今日子さんが亡くなられたのですね。近所の可愛い絵本やさん「貝の小鳥」で確か300円で買った岸田さんの『一人乗り紙ひこうき』*1という本の中に『お兄ちゃま』という短編があるのですが、タイトルから察することができるような近親相姦的な世界に加え、美への絶対的な服従と憧れと強迫観念とぞっとするような怖さと無慈悲な残酷さとあっけない死と死体までが組み込まれていて、あんまり魅力的なので折に触れて再読していたし、読み返すたびに、図々しくもこの空気感を何とか小説のエッセンスに使えないかなあとまで(!)目論んでいたところだったので、あんな小説を書いた人がいなくなってしまう、あの低く抑制されたようでいて、情感が溢れている声が聞けなくなってしまうかと思うと、じんわりと寂しいことです。


この作品はディテールも素晴らしい。「お兄ちゃま」の「下着類」は「三越」で、洋服は霞町の「テーラー大野」であつらえるし、「三十度ぐらいのぬるま湯に、少量のベビーオイルをたらしただけのもの」で毎日身体を拭くのです。


作品の匂いとしては、金井美恵子の初期短編『兎』と似ていると思う、というか、『兎』から血と食を抜いたらこの作品になるような気がするのはわたしだけか知ら?あと、書簡体小説って文句なしに好き。誰かに語りかけている親密な手紙、私の場合は、これだけで小説に対する点数が甘くなってしまう。