しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


モダン都市函館つれづれ


函館には一度だけ行ったことがある。



路面電車が行き交い、坂の多い、潮の匂いのする港町。坂を上るとブルーグレーに黄色の配色が鮮やかな旧函館区公会堂をはじめとする素敵な洋館や教会建築が立ち並ぶハイカラでモダンな街。ハリストス正教会カトリック元町教会、聖公会系の聖ヨハネ教会、メソジスト函館教会が立ち並ぶその一角は、その昔、外国人の居留地であったという。高台が外国人居留地になっているというのは、神戸でも横浜でも同じなのだな、と思う。(思い出すのは港の見える丘でセーラー服の井上雪子及川道子が連れ立って歩く『港の日本娘』!)ハイカラでモダンで異国情緒溢れる港町にはやっぱりどうも昔から贔屓目になってしまう。



函館という街に興味を抱いたのは、このブログのタイトルにも拝借している谷譲次こと長谷川海太郎の類いまれなるそのモダン感覚に心底シビレて、それでその兄弟たち(りん二郎、濬、四郎)がまず気になり出して、あわてて川崎賢子『彼等の昭和ー長谷川海太郎・りん二郎・濬・四郎』を読んで、それから、阿部正雄こと久生十蘭、『新青年』の名編集長だった水谷準、「あきれたぼういず」の益田喜頓、小津のパートナー野田高梧、と気になる人物がいくらでも出てくるので、ますます函館は気になる都市となったのだった。海野先生が『久生十蘭ー『魔都』『十字街』解読』で引用している『田中清玄自伝』によると、今東光今日出海の兄弟も父親が日本郵船の函館支店長だった関係で函館に居たことがあるらしい。『十二階崩壊』を書いた今東光はその若き日の小説で英パンこと岡田時彦*1をさんざん落とした敵(笑)なので、あんまり快く思っていないのだけれど、この人は関西学院稲垣足穂とも一緒だったし、その後上京して大正活映時代の谷崎潤一郎の一番近くに居たことのある人物の一人(当時、本牧の谷崎の家に出入りを許されたのは岡田時彦川口松太郎今東光くらいだったそう)なので、何かと色んな所に顔を出すのが気になると言えば気になる。さて、またしても脱線気味の話を函館に戻すと、この海野先生の「モダン都市函館」の中でいっとう気になったのは「かつての森屋百貨店であり、カネモリビルと呼ばれる七階建てのモダン建築」のこと。海野弘もこの本の中で「モダン都市函館の象徴と考えている建物」と述べている。曰く、「一階玄関ホールの、花かごを持った乙女のモザイク壁画、六階の大食堂、豪華客船風の丸窓など、後期アール・デコの楽しさにあふれるビルであった。」。



先日、お盆に家人の実家を訪ねた時、外国人の水兵さん相手に英語やロシア語も操るほどのハイカラで、いつもパイプを燻らせていたという義理の祖父は、何とその函館一のモダン建築・カネモリビルの「六階の大食堂」でコックをしていた、という話を聞いたのだった。「おじいちゃんはほんとにおしゃれで素敵だったんだから、○○ちゃんにも会わせたかったわー」と義母。おお!これはやはりもう一度函館に行かねばならないッ、といつもの強迫観念でもってそう思う。


<私信>

コホン、えー、『モダン怪談』を観たがっていた芹草バレエを踊る女の子(id:maysatou)に告ぐ!来月、神保町シアターにて素晴らしき清水宏『暁の合唱』がかかるからきっときっと観に行ってくださいね。

*1:この素敵な英パンのブロマイドは新興キネマ『新しき天』(阿部豊監督作品、原作牧逸馬、1933年)撮影時のもの。とある方のご好意で掲載しております、感謝。