しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

中村三千夫さんの小さな冊子(つづき)

 

国立国会図書館にて、中村三千夫さんの追悼文を閲覧してきた。詩人の安東次男による文が心のこもった文章でひどく感動する。とりわけ最後の一文。

先ごろ、中村三千夫が急逝した。中村三千夫といっても、一般にはなじみのない名まえだろうが、東京渋谷の宮益坂上に、ちいさな店を構える古書店の主人である。[...]彼の訃報に接したとき、私は、某々詩人が死んだと知らされたことよりも、衝撃を受けた。生前さして深いつき合いがあったわけではないが、中村三千夫の名まえは、これまた数年まえに故人となった伊達得夫の名まえと共に、戦後詩の歩みの中で、忘れ得ない印象を私にとどめていた。伝えるところによると、故人は一日に一度古書あさりに出歩かなければ気がすまないほど、根っからの本好きだった。また、良書があると聞けば、その多少にかかわらず、地方にもとんでいった。とりわけ詩書を愛し、どんな無名詩人の詩集もおろそかにはしなかった。彼の隠れた努力によって屑屋の手に渡らずに保存された詩書は数えきれないはずである。身を置くのさえ不自由になった部屋の片隅で、たぶん永久に値の出そうもない雑詩集の山に囲まれて、なおそれらを愛してやめなかった故人の姿が、いまも私の目の前にはうかぶ。

『安東次男著作集 第七巻』(青土社, 1975年) p.566-568 

古本の世界の豊かさとは、本来こういうものではなかったのか、と思ってしまうわたしはもはやオールドタイプの仲間入りなのだろうか。