しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


とある二都物語:山上の蜘蛛、あるいはボン書店の幻 モダニズム詩の光と影


海の見える瀟酒な洋館グッゲンハイム邸にて、扉野良人さん主催の「とある二都物語 山上の蜘蛛、あるいはボン書店の幻 モダニズム詩の光と影」に参加する。オープニング音楽は「かえる属」(細馬宏通さん、中尾勘二さん)とにしもとひろこさん。「かえる属」は、あれ「かえる目」でないのかしら?と思っていたのですが、メンバーの増減で「属」になったり「目」になったりするのですって、おーもーしーろーい!「かえる目」はモモちゃん経由でもう随分と昔から名前は知っていたというのに、そしてライヴにゆく機会もあったというのに、ここ数年は音楽から遠く離れてしまっていたので、これまでまったく聞いたことがなかった、おお、何と勿体ないこと.....!かえるさんの絶妙な中年トークと中尾さんとの掛け合いはあごの噛み合わせが痛くなるようなおもしろさで、一目でこの琵琶湖湖東の吟遊詩人・細馬宏通率いる「かえる属」のファンになってしまう。アルバムには入っていない映画の唄と高祖保のみかんの唄がよかったなあ。あと、細馬さんの歌詞の挟んであるファイルにひこにゃんの姿があるのをわたしは見逃しませんでしたよ、ふふ。にしもとひろこさんの、まさに「たゆたう」という表現がぴったりの浮遊感あふれる唄声(サッチモのカヴァーがアレンジ過多で素敵)もヴァシュティ・バニヤンリッキー・リー・ジョーンズを足して二で割って不安定にした感じで大へん可愛らしくてよかった。


音楽が鳴り終わるともうあたりはすっかり暗くなり、窓から見える海に船の灯りがゆらゆら映り込む時刻に。いよいよ内堀弘さんと季村敏夫さんによる対話がはじまる。司会は神戸・海文堂書店の北村知之さん。石神井書林発行の「Catalog 16 特集Rienの時代」の複写版が配られて、そこに季村さんが書き込みをしているというもの。内堀さんのボン書店と季村さんの神戸詩人事件でどういうふうに話を繋げるのかなあ、と思っていたら糸口は『リアン』(1929年〜1937年)であったか。内堀さんのおっしゃることには、『リアン』が掲げたのはシュルレアリスムは革命の芸術であり、そこには春山行夫の『詩と詩論』はフランスのシュルレアリスムの紹介にすぎないではないか!という批判があったのだそう。


1954年生まれの内堀さんは68年に遅れて来た世代だという。1900年代初頭生まれの『詩と詩論』を牽引した世代(春山行夫北園克衛は1902年、瀧口修造は1903年、竹中郁と近藤東は1904年)から遅れて来た1910年生まれの鳥羽茂や1914年生まれの西山克太郎の世代について、自分に重ね合わせるようなかたちで書かなければならないと思ったと話されたのが印象的だった。一方の季村さんは、『山上の蜘蛛』は得体の知れない何かに突き動かされて書いたと話された。そういえば、季村さんが『山上の蜘蛛』を書くにあたってたびたび紐解いたという『親友記』を書いた足立巻一は1913年生まれだ。


『TEN.KEI』という鳥羽茂が岡山で中学生だった頃につくった詩誌や、紀伊國屋書店版の『L'ESPRIT NOUVEAU』(一緒に閲覧させていただいた1920年バウハウスの新聞との類似が面白い)、そして、ボン書店「生キタ詩人叢書」の中の一冊、竹中郁『一匙の雲』(!)などを実際に手で触れて閲覧できることの喜びったら.....!わー、『一匙の雲』はこんなに薄くてささやかで儚いんだ、というくらい小さな小さな詩集。奥付を見ると、ちゃんとボン書店の人魚のマークに「竹中」という印が押してある。そして、"LIBRAIRIE BON"と署名の入った鳥羽茂の直筆の手紙も!こんな稀覯本や手紙が2009年の日本に存在しているということ自体が驚異。


会が終わったあと、内堀さんに「生キタ詩人叢書」に収録されるはずだった幻の一冊、瀧口修造『テクスト・シュルレアリスト』の題字部分の背景がレモン・イエローの表紙を春山行夫が所有していると本で読んだのですが、見たことがありますか?と聞いてみたのですが、いやー、春山さんの蔵書は見たことがないんですよ、と仰っていた。その流れで「ちょっと(どころではない)いい話」を伺うことができたので、ここに忘れないように書いておきます。旧版の白地社版『ボン書店の幻』(1992年)を書いた時に、やはりどうしても春山行夫の話を聞きたいと思って、交流のあった詩人の小林善雄さんに何度も話をしてもらったのだが、加減が悪くて結局、執筆中に春山行夫には会えなかった。でも、刊行後のある日、春山行夫夫人と名乗る人から電話があり、その内容が「『ボン書店の幻』を耳元で朗読したところ、とてもよかったと満足していた、そのことを著者に伝えて欲しい」という春山行夫本人からの伝言だったそうです。内堀さんはこの伝言を聞いてほっとなさったとのこと「当時を知る春山行夫にこれは全然違うなんて言われたらお仕舞いですからねえ」。そんな素敵なエピソードがあったのか!大へんにいい話を聞けて、わたしまで嬉しくなる。


本当に色々と書きたいことがあり上手くまとまりませんが、取り急ぎこんな素晴らしい企画を考えてくださった扉野さんと"Donogo-o-Tonka"同人の皆さん、出演者の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。


『リアン』と『詩と詩論』についてのつれづれは、あとで書き足したい。