しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


chiclin et mitsouが無事に終わり、続けてH大学での四日間みっちりの講習週間が終わったかと思ったら、明けて今週からは担当業務の変更とその引き継ぎと、おまけに来年三月まで抱えてるイヴェントとで、もうばたばた。心がいつまでもざわざわと落ち着かずに、のんびり私的な文化活動に浸る余裕がない。洋服が買えてない、本も読めてない、映画も観に行ってない、美術館にも行ってないし、人の作った美味しいものも食べてない。もう少し通いたかったフィルムセンターの伊藤大輔特集も後半行けなかったし、アテネストローブ=ユイレ特集もまだ観に行ってない。家から近いのに茂田井武展にもどうやら行けずに終わりそう。休日は疲れた脳を休めるべく家にこもってヴィデオかDVD鑑賞をするのが精一杯、なんて情けないのだけれども。先月に鑑賞したルビッチ『天国は待ってくれる』があまりにも素晴らしかったので、30年代〜50年代のハリウッド名画をどんどん見よう!と思い、毎週せっせと何本か借りてきて観ている。と言っても、この辺の映画事情をほとんどよく知らないので、淀川長治蓮實重彦山田宏一『映画千夜一夜』をフムフムと参考書に、ジョセフ・フォン・スタンバーグ『上海特急』ジョージ・キューカーフィラデルフィア物語ジョーン・クロフォードの『雨』ジョン・フォード『男の敵』レオ・マッケリー『我が道を往く』エルンスト・ルビッチ『街角ー桃色の店』などを観た。ジョン・フォードレオ・マッケリーのラストに泣かされ、ディートリッヒとジョーン・クロフォードのファッション・センスにため息を吐き、どの作品もそれぞれに名画だったけれど、「上手い!」と膝を打ちたくなるような隙のないプロットはやはりルビッチ、わたしは結局ルビッチが一番好みだ。


そんなわりと冴えない日々だけれど、これだけはどうしても行かねば、と思い、高輪の古書店・啓祐堂にて銅版画家・山下陽子さんの二年振りの個展の初日にお邪魔する。カフカドストエフスキーからはじまって、エミリ・ディキンソンにジョルジュ・サンドアナイス・ニンヴァージニア・ウルフコレットプルーストと、本の小箱に収められた、あまりに完璧な美の世界に釘付けとなる。リノリウムの床にこぼれ落ちる固い音まで聞こえてきそうなダイアモンドの煌めきはアナイス・ニンの菫の花のコラージュ、フランス製の古書装丁を思わせるマーブル模様の意匠が施されたコレットの小箱にはベル・エポックの巴里の香りが閉じ込められている。ヴァージニア・ウルフの透き通るように静謐な青と緑、ジョルジュ・サンドの函には可愛い黒つぐみの嘴の先に金色の本の束、そして本物の紅い実のなる木.....。どの作品もため息ものに美しく、胸が高鳴るほどに素晴らしく、小さなギャラリーをなかなか去りがたくて、うろうろと行ったり来たりとずいぶんと長居してしまう。次回のエチュードでは、日本文学の小箱もぜひ創って欲しいなあ!と勝手に夢想してみる、渡辺温久生十蘭谷譲次竹中郁稲垣足穂瀧口修造尾崎翠森茉莉金井美恵子etc, etc.....