しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


夢の記憶、記憶の夢



首筋をじりじりと照りつける午後の強い日射しが、放課後の乾き切った砂埃の立ち上る校庭の何もかもを白い白い光で包む頃、植物の本能が鬱陶しくなるほどにびっしり色濃く葉を付けた桜の枝が陽光に向かって大きく迫り出すので、あんなにも手強い夏の光はすっかり木漏れ日となって遮られ、蜜色の陽光を吸って葉の重なり合った部分はいくぶん濃い緑色に染まりバラ科の植物特有のぎざぎざした襞のかたちを影絵のようにくっきりと際立たせ、ひとえの部分は葉脈が透けて半透明に見えるほどのあかるい若緑色に映えて、陽光は白く乾いた砂埃の舞う地表に、ブルー・ブラックのインクに似た紫がかった鼠色、うっすらとグレイがかった乳白色と小豆色を混ぜたような色と刻々と色彩を変化させながら、まだら模様のしみー光線と風の加減に依って輪郭を潤ませていましたーを付けるので、むしろ地表というよりは、風を受けて白い光線を反射させながらきらきらと煌めき、ゆるゆるとたゆたいながらさざめき波立つ、豊かで柔らかな水面のように見えます。



 その桜の樹のおかげで少し日陰になった場所にある錆びついた灰褐色のトタン屋根で覆われた飼育小屋の金網の向こうで、気忙しげに頭を突き出し首を振りながら気味の悪い蛇の鱗のような刻印を付けた醜い足で小屋の中をところ狭しと歩き回り、尖った黄色の嘴で地面を穿り返す鶏の、表面がぶつぶつと隆起して頭を動かすたびにびらびらと揺れる真っ赤な鶏冠をじっと見つめていると、わたしはいつも気分が悪くなり、ついには吐き気と眩暈がしてくるのでした。



 鶏冠はまるで血で染め抜いたようにどこまでも赤くびらびらしていて、子供心にもどこか卑猥な感じがしましたし、こうして見ているだけで、何となく疚しいような後ろめたいような心持ちがして、こんな風に熱心に金網越しに顔を寄せて鶏の鶏冠を見つめているのを誰かに目撃されでもしたらと思うと、濃紺色のグログランのリボンを付けた麦藁帽子に縫い付けられた、手垢と唾液と砂埃で黒ずんで塩辛い汗の味がする伸び切った白いゴム紐に、何だか急に首を締め付けられるような気がして心臓がどぎまぎし、とっさに後ろを振り向くのですが、振り向きざまにおかっぱの髪の毛が束になり、汗で湿った頬にぺったりと張り付くだけで、あとは眼窩と後頭部の奥の方にずんと響く鈍い耳鳴りのような五月蝿い蝉時雨が聞こえるばかりでそこには誰もいないのです。