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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

ジュリアン・グラック『ひとつの町のかたち』を読む

book memo

お正月休みに、ジュリアン・グラック『ひとつの町のかたち』(書肆心水、2004年)を読んだ。

北村太郎がじしんのことを「街っ子」と呼んでいたように、わたしもまたじぶんを「街っ子」であると思っている。帯文の「少年と町」というのはわたしの好物であるのに、何度か書店で手に取りながらも今まで見送られたのは、ナントという町にあまりなじみがなかったせいなのか。

グラックのこの本は、だいぶ遅れてしまったけれど、わたしの目の前にとうとうやってきた。まだ見ぬナントの町の地図を眺めてから目次を見て、あまりに好みの言葉が並ぶのでおどろいた。これは、たぶんわたしの本だな、と直感した。「路面電車」「名所ぎらい」「川辺と港」...お、わかる、「名所ぎらい」わかる、いいな。これは好きだな。「寄宿舎での集団散歩」などという文字を見つけて、偏愛してやまないジャン・ヴィゴの『新学期・操行ゼロ』を思い起こしていたら、ちゃんと本文の終りのほうにヴィゴの名が出てくるので、『操行ゼロ』の少年たち(というか悪ガキ)が枕投げをして羽毛が舞い上がる美しいシーンがすぐさま想起され、さらに大好きなジャン・ルノワール『のらくら兵』の原作者まで登場するので、あの映画『のらくら兵』の、黒のベタ塗に白文字で書かれたなんともユーモラスな漫画めいたタイトルバックを思い起こして、読みながらさっそくにんまりしてしまう。

グラックの立ち位置は極めて微妙なものだ。
おそらく時代にもよるのだろうが、ベンヤミンのベルリンの幼年時代におけるささやかなディテールにみちた親密さや豊かさ、あるいは、プルーストの精緻な言葉が紡ぎだす過去への郷愁からは、やや距離を置いているように思われる。著者はパサージュにはさほど心動かされなかったとも書いている。「......予備知識を持たない訪問者たちをごく自然に夢に誘うポムレ・パサージュは、とりとめのない町の散策を通して私のなかに生まれつつあった、半ば夢見られ半ば住まわれた想像の景色の調和のなかで、それほどの位置を占めなかった」(p.105)本文中にベンヤミンの文字はない。

冒頭に「過去と出会って自己陶酔に浸り直すためではなく、私がそれらの街並みを介してなったものと、街並みが私を介してなったものとに出会うために」(p.22)とあるように、少年時代の回想を綴りながらも、著者の眼は意外なほどさめている。文学愛好者にとっては、ややうっとり不足といえばそうだが、この冷徹な町へのまなざしの先には、著者が地理学者だということもあるのだろう。この微妙な立ち位置が都会的というか、傍観者的というか、ややひねくれているというか(シモーヌ・ヴェイユにもグラックは懐疑の目を向ける)、都市におけるアノニマスな存在としての人間を感じさせるのが、わたしは好きだった。なにしろ、少年時代を回想していても、家族や友人を含め、個人的な人とのかかわりはほとんど出てこないのだから。とはいえ、郊外への遠出の散歩の様子が描かれた第4章は、少年時代の黄金色の時間を思わせて美しい。金雀枝やミモザ、ヒースといった植物に小説の中で出会う嬉しさ。太陽と鳥たちと蜜蜂。日曜日の香り。草上の昼食、ピクニック、川面を飛沫でさざめかせる春の驟雨。だんだん本文の言葉以外の想像が入り込んでゆく。ラ・コリニエール、と口遊むようにして唱えてみる――。

読後感は、どこから読んでいるのか、読み終えたのかもよくわからなくなるところが、ゼーバルトに少し似ていると感じた。もっとも、あんなふうに生真面目に歴史の痕跡を幻視するところはないけれど。まるで気ままな散歩のように、あちらこちらへ道草しながら、過去と現在、回想と思索がさまざまに織りあわされてゆく。この抑制の効いた絶妙なさじ加減。しかし、一見気ままに見える散歩には、じつは彼なりの秩序があるようだ。ここでもグラックはボードレールの気ままな「遊歩」からは彼なりの距離を置き、歩く場所や時間が自分の自由にならない「歩行」のほうが町からの働きかけが多いといって、こちらを採るのである。黄昏と憂鬱のボードレリアンを気取るには、あまりに時代が進んでしまったということか。

著作がジョゼ・コルティ社から出ているというのも、瀧口修造ファンにとっては嬉しいことだった。処女作はガリマール社に断られてから持ち込まれたジョゼ・コルティ社で出版され、その後ずっと同社で出版されたというのもいい話だし、にもかかわらず、ジョゼ・コルティが遺言でガリマールからの全集出版を許可したというのもいい。

年初に「わたしの本」と出会えたことがしんそこ嬉しい。豊崎光一のあだな「暗鬱な美青年」はグラックの小説から来ているのかな。