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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

蜘蛛の巣


井口奈己『ニシノユキヒコの恋と冒険』はほんとうに素晴らしすぎて、久しぶりに新作映画を観て昂奮する。あまりによかったのでトークイベントにまでいそいそと参加して、井口監督に直接「ほんっとに素晴らしかったです!」と伝えられたのが嬉しかった。おおらかな雰囲気の監督を前にして、なんだか好きな人に告白するティーンエイジャーみたいな心境になってしまい、伝えたいことが溢れて(「昔、アテネフランセでの金井美恵子さんとのトークにもお邪魔して」「フィルムセンターでも何度もお見かけして」等々)しどろもどろになるという恥ずかしい感じに...。いい年して駄目だなあ。「ニシノユキヒコのモデルに、戦前の日活モダン映画で岡田時彦がモテまくる『彼をめぐる五人の女』(阿部豊、1927年)を参考にしましたか?」などという、思い込みたっぷりのヘンな質問にも丁寧に答えてくださって感激。曰く「さすがにそこまでは遡りませんが、岡田時彦というのはほんとうに素敵な俳優さんで。もし生きていたらキャスティングしたかったかも」。ああ、英パンファンには何という嬉しい一言か。


印象的なシーンはいくつもあったけれど、風を纏って揺らめく蜘蛛の巣が映しだされるシーンに惹きつけられていたところに、ちょうどその時に読んでいた吉増剛造さんの『何処にもない木』(試論社、2006年)という大判の美しい本にも、光と風を纏ってふうわりと広がる無数の水滴をつらねた蜘蛛の巣の写真が載っているのを見つけて「あ、ここにも」と思う。それから、龜鳴屋さんが届けてくれた高祖保随筆集『庭柯のうぐひす』のページをそろそろと繰っていたらこんなくだりを見つけたのだった。

七月二十五日
またして、雨。
ほそい糠あめが、窓にかけた蜘蛛のネツトを舐めて、それに小さい真珠玉をつけていつた。その真珠の網越しに、沼の鈍色が、かぜのふきよせで、曇つたり、明るんだりする。沼のあちらの小亭が、霧の濃淡で、みるみるかげが淡くなつたかと思ふと、――ぱつと近間に寄つたふうにもみえる。
(p.129)


蜘蛛の巣の美しさに惹きつけられる人は、けっこういるものだな。わたしももちろんそのひとりです。


追記(3/15/2014):
東京都美術館で開催中の《世紀の日本画》展で出品されていた、小茂田青樹の《虫魚画巻》(1931年)にも、極細の筆で丹念に描かれた蜘蛛の巣があったので嬉しくなってメモ。白と黒のコントラストもよい。