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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

ジョナス・メカス『幸せな人生からの拾遺集』

UPLINKにて、ジョナス・メカスの『幸せな人生からの拾遺集』(68分/2012年)を観た。サイトに掲載されていた短い紹介文を読んで、これはわたしの映画だ、とすぐさま確信したから。

原題を『Outtakes from the life of a happy man』とするこの作品は、皆が眠ったあとの街でメカス(a happy man)がかつて撮った映像と向き合いはじめる物語。今はいない人たちや思い出、それでも手元に残るイメージについて 。

果たして、期待に違わず、ささやかなホーム・ムーヴィといった感じの親密で可憐な映画だった。記憶の——しかし、メカスは「これらは記憶ではない」「記憶なんてどうだっていい」といってのけるのだけれど!——引き出しのいちばん奥にしまっておいた、とっておきの親密な映像の断片を、みずからの手で楽しみながらカタカタカタ...とリールを回してたんねんに繋ぎ合わせてつくられたような作品。さらにすてきなのは、この映画がダイアンという名の15歳の少女から来た手紙を元につくられていることだ。メカスのモノローグ以外のテキストは、かの女の手紙からの引用だそう。16mmフィルム特有の質感、ものみなに降りそそぐ柔らかな卵色の光と多重露光のイメージ、そこに少女の手紙の一節がかさなって...。ふと、人生の最後に脳裡に浮かぶ走馬燈のようなイメージがあるとすれば、このようなものなのかも知れないな、と思う。エイジ・オヴ・イノセンス、という言葉も思い浮かぶ。この前観たばかりの、ジョゼフ・コーネル『フラッシング・メドウズ』に良く似たショットもあった。そういえば、コーネルとメカスはどこか似通っている。