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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

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T先生のこと

平塚市美術館へ《藤山貴司》展を観に行く。


藤山先生は、と書いてみて、わたしはかつて一度も「藤山先生」などと呼んだことはなかったのだから、貴司先生、と書く方がしっくりくる。貴司先生は、子どもの頃に通っていたアートフォーラムの先生だった。2008年に58歳で亡くなられた。夏の盛りの暑い日だった。


アートフォーラムに通っていたのは、いつ頃だったか。

たぶん小学校の三、四年生頃からではなかったか。アートフォーラムといっても、こちらはほんの子どもで、クレヨンを蝋燭に溶かして虹色のキャンドルをつくったり、銅板に錐と金槌で星々や月を点描したランプシェードをつくったり、壁紙に自由に絵を描いたり、といったことをしているだけで、ほとんど遊んでいるようなものだった。五年生になると、油絵をはじめた。サムホールからはじめたように思う。油絵の才能がないことは、自分でも早々に気付いていたので、中学生になる頃には、ほとんど絵筆を持つことは止めてしまっていた。ある日、教室に置いてあった大判の画集を気まぐれに眺めていて、はっとするような画を発見した。暗闇のなかで横を向いた少女が蝋燭のにぶい光に照らしだされている。その光と闇のコントラストのすごさ。物思いに沈んでいるような表情で、その手の先には髑髏があった。大人になって、この絵がジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《マグダラのマリア》であることを知った。


子どもの頃に、こんな啓示のような体験をさせてくれたのが、貴司先生のアートフォーラムだった。それは何と贅沢な時間だったことか。その後、別の街に引越してアートフォーラムには通えなくなり、わたしの幸福な子ども時代は終わりを告げた。


貴司先生の描く画は、孤独な思索を思わせる。


モノクロームの大作の背景には、世界中の言語がローベルト・ヴァルザーのmicroscriptsのようにびっしりと書き込まれている。遠くから見るとまるで石碑に彫り込まれた文字を眺めているような感覚がある。たんに書き込むというよりは、刺青のように一筆ずつ彫り込まれた傷のような。頭を垂れてうつむいた馬の、長い睫毛でふちどられた大きな瞳は涙を流しているかのようで、モノクロームの画面に降る黒い雨は、静かな哀しみをたたえている。ふと、「ディアスポラ」という言葉が浮かんだ。


2007年に、銀座の村松画廊で観た遺作も展示されていた。あれだけモノクロームの世界に住んでいた人が最後に遺した作品は、おだやかな暖かみのある白い光に包まれていた。出口に掲示されていた年譜を見て、貴司先生は諫早市生まれなのだと知った。こちらはほんの子どもで、そんなことすらも知らなかった。


《藤山貴司展 −闇と光の交錯 その彷徨と回顧−》は平塚市美術館にて、12月1日まで開催中。
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2013205.htm