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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

art murmur

《東京 ローズ・セラヴィ―瀧口修造マルセル・デュシャン》展


先週の土曜日、慶応義塾大学アート・スペースへ《東京 ローズ・セラヴィ―瀧口修造マルセル・デュシャン》展を見に行く。小さな展示であったが、ゆっくりじっくり眺めてずいぶんと長居した。手づくり本『Étant donnés: Rrose Sélavy 1958-1968』の美しいこと。オリーヴの瓶詰(瀧口セラヴィ農園)で見慣れた美しい筆跡の、手書きのラベルを貼った赤い表紙にクリーム色の背の書物は、カルトンのようにして二箇所をヌメ革のような色の紐で結んでいる。ほんとうにきれいな本だ。


今まであまり採り上げられてこなかった、1973年のフィラデルフィアの旅のスーヴニールが並んでいるケースでは、ホテルの便箋にさっと走り書きしたような綾子夫人宛の書簡(英語)が展示されていて、その文面が読んでいるこちらが気恥ずかしくなるような愛の手紙そのものなので、なんというか、この人はほんとうに天使というか妖精みたいな人だったのだなあと思う。またしても、武満徹の言葉「私がこれまで出遭った多くのひとのなかでも、もっとも美しいひとであった」を思い出す。"親愛なる綾子へ ここではぼくはとても調子が良い。きみもかい? 離れていても、ぼくらはいつもひとつだ。愛を込めて、修造" (適当に試訳)


旅の記念品として展示されていた、ニューヨークの手芸店"Tender Buttons"の箱と釦(蝶々やてんとう虫などおよそ釦として使えなさそうなものを選んでいるのが、いかにも「オブジェの店」の店主らしい)、買い物時のレシートに目が吸い寄せられる。はて、これは千葉市美術館《瀧口修造マルセル・デュシャン》展でも展示されていたかしら?と記憶の糸を手繰りよせながら、「すべてのものはすでにスタインによって書かれている」とまで言ったドナルド・エヴァンズのことがしきりと思い出されたのだった。


瀧口修造は、彼と同じくガートルード・スタインに魅せられた画家、ドナルド・エヴァンズを知っていたのだろうか?


そういえば、親しい知人や友人に宛てて贈った「リバティ・パスポート」が官製という制度をモデルとしながら「発給主体を瀧口修造という一個人とすることで、国家権力の存在をパロディと化すアナーキーな仕組み」(笠井裕之・瀧口修造と「東京 ローズ・セラヴィ」)を内に秘めていることと、ドナルド・エヴァンズが郵便切手という同じく公的な制度から生まれた証票をモデルとしながらも、流通し得ない架空の国々の切手の絵をひたすらに緻密に透明に描きつづけて、結果として小さな渾沌という名のつむじ風をおこし世界にささやかな罅を入れたことは、ほとんど軸を同じにしているような気さえしてくるのだけれど。


半透明のトレーシングペーパーに銀色をまとった「透明な扉」のついた素敵なパンフレットの撮影は写真家の村松桂さんによるもの。《東京 ローズ・セラヴィー瀧口修造マルセル・デュシャン》展は今月22日まで、慶應義塾大学アート・スペース(http://www.art-c.keio.ac.jp/event/log/348.html)にて開催中。