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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

叢書crystal cage


16日の夜、青山のSpiral Recordsにて、crystal cage叢書刊行記念トークセッション(平出隆港千尋+三松幸雄)*1に参加した。


版元のTPH(Tokyo Publishing House)の横田茂さんと平出隆さんとのあいだで、かれこれ10年以上の長きにわたってあたためられてきた企画は「場所」をテーマにした叢書だという。叢書名はジョゼフ・コーネルの"The Crystal Cage"から採られた。古書店から求めた手許の図録によると、横田茂さんは1987年に雅陶堂ギャラリーにて"The Crystal Cage[portrait of Berenice]"という名の展覧会を企画されているから、お二人のなかでは10年と言わず20年もの長いあいだ、トライアングルの硬質で透明な響きが微かな余韻として在りつづけていたのかも知れない。


第一回配本は、バーネット・ニューマン著・三松幸雄編訳『崇高はいま』、港千尋バスク七色』、河野道代『時の光』の三冊。グラシン紙の帯が刷り上がったのがトークセッションの二時間前(!)というのが、いかにも家内制手工業というかプライヴェート・プレスらしくていい話だなあと思わず微笑む、って作業する方はたいへんですけれど。束見本は10月のかまくらブックフェスタでも見ることができたから、箔押・クロス装のたいへん美しい本だとは知ってはいたけれど、完成版では本体をさらに「透明なかご」でくるんだ外函がついていて、しかもそこにはジョゼフ・コーネルの図像《Panorama》までが配されている。これはよりcrystalな質感への追求なのでしょうが、ここまで手をかけるのかと驚嘆しきり。


第一回配本の三冊のうち、ちょっと悩んでから、今回は港千尋バスク七色』を連れてかえってきた。それで雨の休日にさっそくぱらぱらと頁を繰っているところ。一冊あたり1000時間(!)かけたというインクジェット印刷なので、さすがに写真の色味の美しさは驚異的。港さんはそれを「17〜18世紀の博物図譜のような手彩色本ではないかと思った」と。たしかに一冊ずつ手彩色したような、文字どおりインクを乗せたような発色の鮮やかさは大量印刷のオフセットでは再現不可能だろうと思う。特に、話のなかでおっしゃられていたように、赤と緑色の鮮やかさはため息を吐くほどに見事なものだ。挿し込まれている写真「赤ピマン」と「緑ピマン」の一皿からは、あんまりみずみずしいのでつややかな表面で光っている滴が今にもこちらに飛んできそうな気さえする。


バスクという土地のことを、ビクトル・エリセの故郷だということ、モンドラゴンという有名な協同組合があること以外は、わたしはほとんど何も知らないし、昔にそういえば『ku:nel』で料理研究家の長尾智子が旅をしていたのがあったなあ、黒のベレをかむったおじさんたちが可愛かったなあという程度の、知識と呼ぶにはあまりにお粗末な断片しか持ち合わせていないのだけれど、とにかく写真の料理がどれも素晴らしくおいしそうなので、長尾智子『わたしとバスク』の読者にも届いたらいいなと思える一冊だし、『エル・スール』のファンにも嬉しい仕掛けがあって、こちらもまたにっこりであった。


ただ、インクジェット印刷で統一されているため、本文用紙の色と質感(白い・厚い)、文字のインクの乗り(黒い)には今までの文芸書?エッセイ集?のイメジからするとやや違和感があるし、紙が厚手だからその分余白をすこし多めにとったほうがよかったのでは?と思える箇所があり、のどの部分にむかって多少読みづらいところがあるのがすこし気に掛かった。叢書crystal cageシリーズも、本文用紙はvia wwalnuts叢書と同じような翅衣のように薄くて光沢のある紙に、漆黒ではなくチャコール・グレイのインクを乗せるといったほうが、頁を繰った時の音も手触りも軽やかで華奢で繊細な感じがして、より"crystal"(透明)な響きをもつ場所に近づくのではないかしら、と個人的には(勝手に...)そう思いますが。うーん、でもそうすると今度は写真の色味が上手くでないのかもしれないな...。とすると、この紙質の特性をいかした本にするならば、図版や写真が多めで文章は少なめ、というようなのがいいのかも知れない...などと、つらつら(勝手に...)思い巡らす。


とはいえ、印刷の99パーセントを自分たちで行うことでコストを下げ、発行部数の壁を乗り越えられなかった良い企画を実現可能とさせる仕組みをつくった《叢書crystal cage》が型破りな造本革命と呼べるものであることは、万人に頷かれることでしょう。今後のさらなる展開を愉しみに待ちたいと思います。


叢書crystal cageはTPH(http://www.artbook-tph.com/tph/)より刊行中。