しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

今日は、せっかくの土曜日だというのに冷たい雨が降っているので、大人しく家のなかに居ることとなった。ふと思い立って、"The World of Donald Evans"から、戯れに"Stein"の章を試訳してみたりしたので、ちょっと載せてみます。


"Stein"


スタインは、ベルギーとドイツの国境に接しオランダの南東部に細長く嵌め込まれた、マース川流域のリンブルフ州にある絵画のように美しい村の名前です。ドナルド・エヴァンズは1972年に友人を伴いここスタインを訪れて、アムステルダムに帰ってから、旅のかたみに12枚の"Stein"シリーズを描いて、彼のつくった架空の国々を構成する一部分と成すことに満悦しました。


12枚の切手は、明暗の度合いにより秩序立てて並べられ、こんなものをあらわしています。なだらかな丘を横切るウレストラテンからの眺め、洞窟内でのマッシュルーム栽培、牧場のまだら牛、炭鉱採掘の光景、道ばたに積まれた干し草の山、田園にぽつんとある一台の風車、木骨煉瓦づくりの納屋、州都マーストリヒトの遠景、風にさらされて凝固した石でできた泥灰質層の洞窟、ドナルド・エヴァンズがはじめてアクテルデイクを訪れた時に見た光景を想起させる田舎道、マーストリヒト近郊の整然としたポプラ並木、それから、この地方の典型的な壁の建築意匠――白い石と赤い煉瓦がだんだらに重ねあわされたもので、ベーコンの脂肪と赤身の縞模様に似ているからという理由で”speklagen"(ベーコン層)と呼ばれている建物様式。



ドナルド・エヴァンズのお気に入りの作家のひとりに、ガートルード・スタインがいました。『世界のカタログ』のために「スタインの国」を綿密にこしらえて、彼女を聖なる後ろ盾のような存在としたのです。彼は首都をガートルード・スタインと命名し、100セントに相当する通貨単位として「1ガートルード」をもちいました。政府は「文芸独裁制」を敷いており、文盲はひとりもいない教育をほどこす、ということでした。彼は「ゴプシェへの葉書」のためのノートのなかで、すべてのものがつねにスタインによって書き記されている、とまで言いました。


彼は公開状に印刷された彼女の作品の一節で切手を描き、そうすることで、この書き手への興味を満足させました。上の五枚は1964年に発行された切手で、スタインの『やさしい釦』出版50周年を記念してつくられたものだ、と彼は言ったものです。切手には「たべもの」と題された章からの、彼女の短めのエッセイ――と呼ぶのも、遠回しな説明になりますが――のいくつかからの引用で満たされています。ドナルド・エヴァンズもまた「たべもの」は好きなお題のひとつでした。


四つのブロックに分かれた切手には1972年の消印があり、この年は"A Valentine to Sherwood Anderson"の刊行50周年にあたりました。彼が写しとった美しい語句は"Let Us Describe"(わたしたちに記述させなさい)という章から採られたもので、それは困難な想像上の旅の記述そのままでした(彼はガートルード・スタインがこの部分を朗読している擦り切れたレコードを持っていました)。


ドナルド・エヴァンズはこれらの切手に自分のアムステルダムの消印を押印することで、1914年に『やさしい釦』を最初に刊行したのがアメリカの詩人、もう一人のドナルド・エヴァンズだったという偶然を、稚気をまじえた愉しみとしたのです。


p.134, 136 "The World of Donald Evans"text by Willy Eisenhart(Amsterdam : UITGEVERIJBERT BERT BAKKER, 1980)