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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

「小沢書店をめぐって」のことなど


この初夏、文学好きのあいだで話題となった、流水書房青山店でのブックフェア「小沢書店の影を求めて」。わたしも噂を聞きつけていそいそと二度も見に行き*1、瀟洒な目録を含めその徹底した仕事ぶりに大いに驚嘆して帰ってきたのだった。その企画を担当された秋葉直哉さんを聞き手に、何とその花束の届け先であるところの小沢書店社主・長谷川郁夫さんに話をしていただくという素晴らしい企画が西荻であるので、もちろん万難を排して駆けつけるつもり。長谷川郁夫さんが小沢書店のことをお話になるなんて...!どんな話になるのか今から愉しみで仕方がない。もう全身を耳にして聴きたい。すでにほとんど席は埋まっているとのことですがまだ締め切ってはいないようなので、気になる方はお早めにどうぞ→http://nishiogi-bookmark.org/2011/nbm56/


ということで、13日までに一冊でも多く小沢書店の書物を読んでおこうとにわか勉強中(お恥ずかしい...)。今は、那珂太郎『木洩れ日抄』(1998年)と三好豊一郎『蜉蝣雑録』(1976年)を行ったり来たりでぱらぱらと拾い読みしているところ。『木洩れ日抄』のほうは枇杷が、『蜉蝣雑録』のほうは柘榴が、どちらも三好豊一郎の筆で描かれている。三好豊一郎は『荒地』の詩人たちのなかではいちばん小沢書店に縁の深い人であったそうだけれど、絵画もこんなふうに嗜んだところを見ると、たんに詩人というよりも文人と呼ぶに相応しかったのではないかと思う。


三好豊一郎と言えば、今日はまったく別件で必要があって図書館で調べものをしていて、『鮎川信夫著作集 第七巻』(思潮社、2001年)に収録された「編集ノート」のなかに気になる記述があったのでメモ。

......モダニズムのなかで強くひきつけられたのはシュウレアリスト(ママ)の楠田一郎、冨士原清一、大島博光などで、楠田と冨士原は、のちに「荒地詩集」にその一部が紹介的に収録されているところからみて、そこから逆に、私と「荒地」の関係に照明をあてることができるかもしれない。


三好豊一郎は『荒地』の詩人たちの中では唯一モダニズムとは無縁な人だと勝手に思い込んでいた――田村隆一『若い荒地』にそれらしきことが書いてあった――ので、この三人のシュルレアリストの名前を挙げているのはけっこう意外な感じがする。しかも、おお!ここには我が贔屓の冨士原清一の名前があるではないか!とひとり閲覧机で興奮したのだった。

*1:id:el-sur:20110618