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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

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原子朗編『大手拓次詩集』(岩波文庫、1991年)を読む。うっとりするような、きれいな日本語。薔薇や香料をモティーフにした詩がたくさんある。「とび色の歌」「言葉の香気」「指の群」「日食する燕は明暗へ急ぐ」「鋏で切りとつた風景」などの散文詩もとても良い。


 羊皮の紙


ゆふべに、
ひとまはり化粧の膝、
ちひさい時計の
冷笑のこぼれるのを待つ。
すたれた人声が
輪まはしのあそびのやうにころんでくる。


 廻廊のほとり


なにごころなく眼をとめれば、
すみなれた廻廊のめぐりにはつねに白衣の行列がゆき交うてゐる、
うすい影のやうでありながら消えもしないで、
つながりつながりつづいてゐる。
廻廊の内がはには痩せた鼠色の衣をきた女がひとり、さまよひながら見とれてゐる。


 暁の香料


みどりの毛、
みどりのたましひ、
あふれる騒擾のみどりの笛、
木の間をけむらせる鳥の眼のいかり、
あけぼのを吹く地のうへに匍ひまはるみどりのこほろぎ、
波のうへに祈るわたしは、
いま、わきかへるみどりの香料の鐘をつく。


 Wistariaの香料


銀のはりねずみをあそばせて、
なめらかな象牙の珠をころがすやうに、
孤独な物思ひはすることもなくただずんでゐる。
いううつはくものあみのやうにひろがり、
竹笛をならすうたがひがしのびよる。


 色彩料理


人間の眼玉をあをあをと水のやうに
藍絵の支那皿にもりそへ、
すずろに琴音をひびかせる蛙のももをうつすりとこがして、
みづつぽいゆふべの食欲をそそりたてる。
あぶらぎつた蛇の花嫁のやうな黒い海獣の舌、
むしやきにしたやはらかい子狐の皮のあまさ、
なめくぢのすのものは灰色の銀の月かげ、
とかげのまる煮はあをざめた紫の星くづ、
むかでの具足煮は情念の刺、
かはをそのそぎ身はしらじらしい朝のそよ風、
まつかな極彩色の大どんぶりのなかに、
帯のやうにうづくまる蛙の卵はきらめく宝石のひとむれだ。
病毒にむくんだ手首の無花果は今宵の珍果、
金いろにとけるさかづきにはみどりの毒酒、
ふかい飽くことをしらない食欲は
山ねずみのやうにたけりくるつてゐる。