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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

闇のなかの微光:北村太郎つれづれ


北村太郎の好きだったドリス・デイの"Sentimental Journey"、わたしの好きなヴァージョンはHarpers Bizarreが唄った1968年録音のもの(訳は適当です)。


Gonna take a sentimental journey
Gonna set my mind at ease
Gonna make a sentimental journey
To renew old memories

Got my bag and got my reservation
Spent each dime I could afford
Like a child in wild anticipation
I long to hear that, "All abroad"


センチメンタルな旅に出掛けよう
心を休めに出掛けよう
センチメンタルな旅に出掛けよう
旧い想い出を新しくするために

鞄も詰めたし予約も入れた
できるだけお金も注ぎ込んだ
僕はまるで期待に胸をふくらませた子どものように
「ご乗車ください」の声を待っている

橋口幸子『珈琲とエクレアと詩人 スケッチ・北村太郎』(港の人*1、2011年)*2を読んでいて象られてくる、子どもっぽくて優しくてどこか少女性さえ感じられる北村太郎が好きになったので、今まで数冊のエッセイと初期の詩しか知らなかった北村太郎をちゃんと読みたいなと思い、図書館から何冊か重い本を借りてくる。今、机の上に積んであるのは『新編北村太郎詩集』(小沢書店)『世紀末の微光ー鮎川信夫、その他』(思潮社)『北村太郎の仕事1 全詩』(思潮社)などである。


うす曇りの微光が射してくる部屋で、あかりを一つ点けて北村太郎の詩をひねもす読み耽っていると、北村太郎の雨と孤独と虚無とが打ち重なって闇となり、ひたひたとこちらに迫ってくるような心地がして、気がつくと瞼のきわに泪なんぞ滲ませてちょっと堪らないような気分になる。ひそやかでしんとした悲しみ。何となく昔読んだブローティガンの「墓場の鱒釣り」や「オレゴン小史」で降る雨を想いおこしていたら、詩の中にブローティガンの名前が出てきたので吃驚した。

ゆうべ遅くまでテレビの囲碁を見ていたので
眼のおくの糸屑の神経がこんがらかり
背中は長い石を縫いこまれたみたいだった
起きたのは正午すぎで
トースト一枚とコーヒーと百パーセント天然果汁で朝食をすませた
なんであんな夢をみたのだろうといぶかった
ブローティガンの小説の読みすぎかな
「夢につづいて」/『おわりの雪』所収

この前、新刊書店の棚で見つけて買った『現代詩手帖1993年2月臨時増刊 追悼北村太郎』に載っている若い頃の北村太郎は、弓なりの眉に眼光鋭い端正な美青年だった。後年の写真はどれも笑ってはいるけれども、悲しみが貼り付いたままのような表情で、橋口幸子さんが「笑い顔にもなんとなく哀しみがただよい、わたしたちでは埋めてあげられない大きな哀しみ」があったと書くのも判るような気がする。わたしは北村太郎を知らないけれども。


それで、前から気になっていたけれど未読であった、ねじめ正一荒地の恋』(文春文庫、2010年)をよせばいいのに読んでしまって、やっぱり思ったとおりいやーな気分になってしまう。もともとねじめ正一の詩が好きではない――端的に言って品がないんだもの――のだから、これはと興味本位なんぞで読まなければよかったのだ。あーあ。ねじめ正一がはじめて買った現代詩の詩集は北村太郎の『冬の当直』であったそうだから、長いあいだ北村太郎の詩に触れてきた人なのだとは思うけれど、読んでいて何だかなあという強い異和と嫌悪とがずっと心にとどまった。こんな風に描かれた北村太郎田村隆一は気の毒だとさえ思った。そりゃ事実はここに書いてあるとおりなのかも知れないけれど、三文小説のような痴話ごとを克明に描いてみせたところで、到底判り得ないのが二人の関係というか荒地の詩人たちの不可思議な関係なのではないか。そういえば、2009年11月の西荻ブックマークでの平出隆×扉野良人対談で、平出さんも『荒地の恋』を指して「判りにくさが描かれていない。あれは別のものです」というようなことを仰っていたような記憶がある。

今、手許にある『田村隆一全集 6』を繙いてみると、北村太郎が亡くなった日(1992年10月26日)の日記にはこうあった。

二十六日(月) 晴 日暮が刻一刻と近くなる

月刊『荒地』年刊『荒地詩集』の創刊メンバー(七名)の一人、北村太郎没す。六十九歳。六年まえに、鮎川信夫がこの世を去ったのも十月中旬だった。ぼくはベッドに横たわったまま、ウイスキーを飲みながら、寝室の窓から、夕暮の茜雲に心を奪われるばかり。良質の作品だけがすべてである。「個人」について、ぼくはいっさいコメントしない。

  すぎゆく一日の客の記憶、
  大時計のうしろに時間があり、
  時間のうしろに凍りついた私の人生がある。
  さびしい私の父、
  私の兄弟の跫音がある。
  街をあるき、
  地上を遍歴し、いつも渇き、いつも飢え、
  いつもどこかの街角でポケットにパンと葡萄酒をさぐりながら、
  死者の棲む大いなる境に近づきつつある。
     ――北村太郎センチメンタル・ジャーニー」より
「退屈無想庵―日記」/『田村隆一全集 6』所収(河出書房新社、2011年)


「個人」についてはいっさいコメントしない、と言い切った田村隆一は、長い年月のあいだに二人のあいだに起こったさまざまなこと、それを徒に蒸し返して言葉にする気はさらさらなかったのだろうと思う。何に言葉を費やし何に言葉を費やさないか。沈黙の、そこから現れてくるものを五官を研ぎ澄ませて掬いとること。田村隆一が書きつけた「良質の作品だけがすべてである」という言葉のその奥に、彼の少年の頃からの詩友・北村太郎へのふかい情をわたしは感じる。


「生は死の病かな?」(「墓地の門」)と書く北村太郎詩篇には、幾重にも闇が折りかさなっているように見える。けれども、明度を落として濃い色合いを帯びてゆき、仕舞いにはほとんど漆黒の真暗闇となることで、そこに射すのが僅かな/微かな光であっても、くきやかなコントラストで見えてくるという現象が起こるのではないか。闇はふかく、だけれども、いや、それだからこそ、北村太郎の詩にはひとすじの微光がそこに射しているのが判る。その光線の加減こそが、北村太郎その人だという気がするし、ことにわたしの好むところなのだ。