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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

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庭師コーネルの魔法の手:『ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア


ジョゼフ・コーネルの創造する箱という名の小さなうつわに漠然と惹かれつづけてきた。幻想の標本函、夢の記憶装置。瞬間を封じ込めた永遠に在り続ける宇宙――。


デボラ・ソロモン著/林寿美・太田泰人・近藤学訳『ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア*1白水社、2011年)を読んで、そのままになっていた独り言のかけらを散逸してしまわないうちに展翅しておきたい。


コーネルの手にかかると、非現実が現実となり、過去が現在となり、がらくたが美となり、アッサンブラージュが流れ星になる。或いはこうも言えるかもしれない。それらの狭間にあって緊張のうちに極めて微妙な危うい均衡を保っているもの、それがコーネルの箱なのだと。


とはいえ、わたしはコーネルのことを今まで何も知らなかったと言っていい。この本を読むことで、ジョゼフ・コーネルというイマジナリーな世界に遊ぶことのできる類い稀なる興味深い人物について多少なりとも知識を得たことは愉快なできごとであった。ことわっておくけれど、イマジナリーな世界に遊ぶことのできる能力は誰にでも等しく備わっているものではない。リアリズムなんぞは犬にでも喰われてしまえばよいとまでは言わないが、ともあれそれは選ばれた特別な人にのみ可能なことだ。コーネルには幸か不幸かその能力が備わっていた。


芸術家のなかには、オブセッションこそがその創造の源泉になっていると言えるような人々がいて――そして、わたしはそういう種類の人々の芸術になぜだか強く惹きつけられてしまうのだけれども――コーネルもその一人だ。


コーネルと同じクリスマス・イヴに誕生した、映像作家ジョナス・メカスは『メカスの映画日記』(フィルムアート社、1993年)のなかでコーネルを「庭師」と呼びこんな言葉を残している。

その場全体(引用者註:自宅地下室)がまるで芸術のつぼみや花を育てる魔法の温室のようだった。そしてその中でジョゼフ・コーネルその人は、それらの間をやさしく歩き回ったり、あれこれに手を触れたり、少しばかり何かをのせたり、じっと見つめたり、その埃を払ったりしている――庭師――なのだ。


あの小さな箱の中に封じ込められた世界は、精緻ともいえる微妙な細部とささやかさから成り立っていながら、何と豊穣で神秘に満ちており、しかもある種のいかがわしさを内包していることか。「失われた純潔の救世者」(p. 381)として、取るに足らぬものや俗っぽいレディメイドのなかに崇高さを見出し、聖なるものへと昇華させること...。コーネルの箱をじっと見つめていると、まるでその中にアリスよろしく吸い込まれてしまいそうな気分になる。観るたびに観察者の想像力を喚起してやまないのは、コーネルその人自身が都市――彼にとっては宝箱でもあった――の観察者だったからだろうか。コーネルが造り出す箱には、いつも「見る人としてのコーネル」がそこに映し出されてされているような気がするのだ。


コーネルは物心ついた頃から視覚芸術に魅せられ、ヴォードヴィルからはじまりオペラや芝居小屋にもせっせと通ったが、他のどんな娯楽よりも映画を好んだという。瀧口修造と同じ1903年生まれのジョゼフ・コーネルは、サイレント映画の豊かさを知り抜いていた。漆黒の闇に映し出されたゆらめく光と影を眩惑されながら追うこと。いっさいは光と影に過ぎず儚い泡沫のような幻影であること。クローズアップにされた女優の顔の表情、長い睫毛でふちどられ大きく見開かれた潤んだ瞳、震える唇に差す艶やかなハイライト。横溢するモノクロームの詩情。じっさい、物言わぬ映画を観ることには詩的幻想と深遠さとをたたえた、発声映画にはない甘美な体験があるように思える。1927年についにトーキー映画が誕生すると、コーネルはそれを「詩的で喚起力に富んだ表現言語」(p.65)を持つサイレント映画よりはるかに劣るものと見なしたという。


コーネルが偏愛したもののなかに、グランヴィルやエミリ・ディッキンソンや、サイレント時代のエルンスト・ルビッチ『寵姫ズムルン』(1920年)、ジョルジュ・メリエス月世界旅行』(1902年)などが出てくるのも親近感を感じて頷きながらにんまりしてしまうし、本文中に出てくるMary Ann Cawsによる"Joseph Cornell's Theater of the Mind: Selected Diaries, Letters, and Files" (Thames & Hudson, 2000)*2もぜひ読んでみたいと思う。それにしても、コーネルがオマージュを捧げ続けた黒髪のバレリーナ、タマラ・トゥマノワのためのコラージュ作品の美しさときたら.....!本当にため息が出るほどに素晴らしい。

*1:ISBN:9784560081099

*2:「意識が滔々とした流れを作っており、そこに人々や場所が唐突に姿を現わす。夢のなかで見た幻を不完全ながら想い起こすときのようだ。......細部が漂っては去っていき、相互のつながりはまるで感じられない。......意味を測ることのほとんど不可能な膨大な数の細部に充ち満ちたコーネルの日記に比べれば、彼の箱は奇蹟的なまでに推敲され抑制のきいたものに見えてくる。」(p.183)という驚くべき日記!ほとんど"意識の流れ"もしくはヌーヴォーロマンのような肌触りなのだろうか。