読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

『マダム・ブランシュ』つれづれ:酒井正平と「小さな時間」


あまりに日があいてしまったので日記の書き方を忘れてしまった.....!いやはや。


メモしておきたいと思っていてまだ書いていなかったこと。図書館にて朝も早よから『MADAME BLANCHE』(マダム・ブランシュ)をひたすら閲覧していて、おもしろいなと思ったのは、ボン書店の《生キタ詩人叢書》シリーズの4冊(春山行夫『シルク&ミルク』北園克衛『若いコロニイ』近藤東『抒情詩娘』竹中郁『一匙の雲』)の人気度が判ったこと。広告によると、いちばん最初に品切れになったのは、郁さんの『一匙の雲』で、最後まで売れ残ったのが春山行夫『シルク&ミルク』であった。なるほどーという感じ。それから、10号(1933年/10月)の岩本修蔵によるエッセイ「季節の鞭」のなかで、こんなくだりがあってにっこりした。曰く、「僕等(引用者註:岩本と北園克衛のこと)は銀座を歩きながら、若くして死んだ渡辺温のことを話し合っていたのだった。そして、日本人達が渡辺温を一介の探偵小説家として片づけてしまっているのを不思議にも思った。」。


『MADAME BLANCHE』を通読していて感じるのは、収められた詩篇はかなり玉石混淆だということで、現代の眼で読んでも良いなと思うものはそれほど多くはない。左川ちかのきらめきは別格として、かの女以外だと山中富美子、酒井(駿河)正平、小林善雄、井上多喜三郎、六條篤、饒正太郎くらいしか印象に残らなかった。その中で、「これは」と思ったのは酒井正平の詩篇だったので、さっそく翌週には国会図書館で彼の遺稿集『小さい時間』(酒井綾子、1953年、限定300部)を閲覧してきたのだった。略歴には「明治四十五年七月九日、東京都港区芝三田四国町に生る」とあり、わたしの誕生日と一日違いだったので、おや、まあ、これはこれは、とますますこの未知の詩人が気になりだした。序文を村野四郎が書き、後記を小林善雄が書いている。不思議な日本語の不思議な詩。どうも読み辛く引っ掛かるので何度も読み返すのだけれども、むつかしくて考え込んでしまう、「思考の態度する歩行」「石には刻まない」.....。「石には刻まない」なんて言われると、またしても橋本平八のことを思い出してしまうのは自分でもどうしたものかと思うけれど、まあそんなことはどうでもよい話。

「小さい時間」

僕は、何時かお友達のことで、彼の思考の態度する歩行は決して見られなかつたと記した。さう記すと僕自身あるいたことになりさうだつた。僕は歩かなかつたと自分で思つてゐた。此の明るさ、若しくは暗さは、幾世紀も前から自分の中に流れてゐたと言ふ一つの話し方。

口にしてしまふ姿勢には気が付いてゐるが、これとその発言の度合いには関はりないといふ俗悪な歩合。

発言の美しさより、忸怩たる発声に興味を感じると言ふ発言法が当分あつた。

あなたにも発言があるし、あなたにも発言がある。あなたの植物の弱さ(と仮に名付けて)その花の色度は、星の中か魚の中にゆくだらう、など言ふ様に。(騎士物語を書かう)など言ふのもさういふ時間であつたらうか。

ピンポンの球を具合よくデタラメにたたくよりも、全然まちがつた記憶を喜ぶ時間はじじつであつた。

(中略)

石には刻まない。石には刻まないと、その一日中に言つて居た。


コーネルの数奇な幼年時代――ミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』を思い起こさせる――がすこぶるおもしろくて頁を繰る手が止らない、デボラ・ソロモン『ジョゼフ・コーネル  箱の中のユートピア』 (白水社、2011年)*1の読書のあいまに、もう少し酒井正平のことを調べてみたい。