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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

ローベルト・ヴァルザー『タンナー兄弟姉妹』*1(鳥影社、2010年)読了。久しぶりに小説を読んで感銘を受ける。昔、外国の小説を読んでいた頃の、久しく忘れていた胸の高鳴りを思い出す。繊細で、優美で、きらきらと波間がゆらめくような旋律が響いてくる、世間の感覚からはだいぶずれていて、「成長するってこと」をかたくなに拒絶しているこの小説は、何ともわたし好みなのである。この過剰なおしゃべりとすばらしき冗長!「同じ一つの職にとどまっている暇などありはしないのです。」「お日さまが出ている一日はあまりに美しくて、それを労働で穢してしまうような思い上がった真似はとてもできなかったのです。」なんてうそぶいてみせたりして。そう、何ものにもならないという贅沢.....!生きることはすなわち、光を、音を、匂いを、全身の感覚として捉えるべく五感を研ぎ澄ませることなのだし、それに加えて、待つこと、夢想することなのだ。偉大なものになるだって?ふん、そんなのクソ喰らえだと、ヴァルザーは、けれども、声高ではなく小さな声で話している。彼の小説の主人公は「教養小説」なんぞに絡めとられることはけっしてないのだ!


「僕はいまだに、生の扉の前に立っていて、もちろんそうっとですが、ノックしてノックして、誰かが来て鍵を開けてくれはしないかとじっと耳を澄ましているのです。」「僕は耳を澄ます者、待つ者にほかならず、そういう人間として完成しているのです。なにしろ、僕は待っている間に、夢見ることを学んだのですから。」