しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


あの美しい本、平出隆『鳥を探しに』(双葉社、2010年)(id:el-sur:20100125)がもたらしてくれた不思議な余韻にひたっている日日。


わたしにとっての良い小説とは、読み進めながらあれやこれやと泡沫の記憶を呼び覚ましてくれるものなのだが、この小説でも、たとえば『はるか彼方』第十一章で、皆々におおいに酒を振舞うジャック・マードックの様子は、ジョン・フォード『男の敵』(1935年)に出て来るヴィクター・マクラグレンの姿とかさなって見えるし、「アルフレッド・ウォーレス」という文字を最初に目にした時(p.49)には、はて、これはセント・アイヴスの画家アルフレッド・ウォリス*1のことなのか知ら?と思ったのだった。コーンウォールの港町、セント・アイヴス。船乗りにはじまり、漁師、船具商などの職を転々としながら、七十歳を過ぎてから独学で絵を描きはじめたアルフレッド・ウォリスという名の画家は、同じく職を転々とし独学で語学や博物学、植物学などを学び、海栗島の海辺の小屋で絵筆をとっていた「左手種作」氏になんとなく似つかわしいなと思い、その静かな調和を発見して嬉しくなってしまったのだけれど、これは読み進めるとこちらの勘違いだったということに気付いた。ウォリスではなくて、ウォレス。こちらの氏は、画家ではなく博物学者のほうであった、すなわちアルフレッド・ラッセル・ウォレスのこと。


美しいといえば、雑誌はほとんど買わないのについ買ってしまった『芸術新潮小村雪岱特集。図版をながめてひたすらうっとり。鏡花『日本橋』の表紙をはじめて見た時の感動がふつふつと甦ってくるようであった。資生堂が発行した『銀座』(大正10年)は数年前に書架で見つけて素敵な本だなと思って借りだした憶えがあるけれど、何と雪岱が装幀や挿絵などをやっていたのだなあ(←今頃気付くな)。それにしても、雪岱は粋でモダンだ、あの構図の素晴らしさ....!

*1:写真は、1928年にベン・ニコルソンがウォリスを訪ねた時のようす。なんとも良い表情!http://alfredwallis.andyblair.co.uk/より