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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


牛原虚彦のピカピカのモダニズム!


フィルムセンターの特集「生誕百年・映画女優 田中絹代」にて、未見だった岡田時彦の出演映画を無事に鑑賞できてほっとしています。以下、観た順に感想をメモ。



・島津保次郎『愛よ人類と共にあれ』(1931年、松竹蒲田)


ハリウッド帰りの上山草人帰朝記念映画と銘打たれた超特作で、蒲田幹部俳優の総出演をはじめ、大規模な森林火災撮影や、ラストの米国ロケ(突如、舞台が西部劇になる!いやはや)など、かなりの資金を投入して製作していることが判る180分強の無声映画。私の今までの映画体験上、オールスター映画の大作というものは、総じてたいした作品に仕上がっていない場合が多く、この作品もまたその枠に入るだろうなあ、というもので、尺ばかりが長く、まあ言ってみれば無駄なシーン(樺太が舞台の森林火災のシーンはどう考えても長過ぎる)が多く、途中退屈のあまり何度か睡魔に襲われた。キャメラに関しても、時折、意図的とは思えない場所でピントが甘くなるのも変だし。


そして、準主役の鈴木伝明は、近代的知性を兼ね備えたセンシティヴな喧嘩っ早い不良少年という役どころなのだろうが、無声映画俳優だから仕方がないとは言え、いちいち演技が大仰なのと、やたら涙を見せて純粋さをアピールするのとが、滑稽としか言い様がない感じで苦笑。その伝明のガールフレンド役の田中絹代もどうもミスキャストに思える。小柄で古風な可憐さが魅力の彼女は、ダンスホールのナンバーワン・ダンサーにはとても見えず、つくづくモガ・スタイルの洋装が似合わない女優さんだなあと思う。


島津保次郎作品としては良くない方に入るだろうこの映画で見るべきは、河野鷹思と脇田世根一による美術・装置であった。超大作だけあって、さすがに贅沢な調度品を使っており、昭和初期のブルジョワ家庭の様子が垣間見ることができ大へん面白かった。劇中で、長男・修(岡田時彦)夫妻が住む部屋に困窮した父・山口鋼吉(上山草人)が訪れるシーンがあるのだが、引きのキャメラは一階で向かい合う岡田時彦上山草人と階上に居る妻(光喜三子)とを同時に捉えており、まるで新劇の舞台装置のようなさまであった。やっぱり主演が新劇出身の草人だからなのか知ら?ハリウッド時代の上山草人の映画は未見だけれど、さすがに演技は上手いのでこれまた感心する。肝心の岡田時彦の出演シーンは、少なかったこともあるが、それほど特筆すべきものはないように思えた。冷静沈着な抑えた演技を淡々とこなしているふうで、得意の役どころだろうなあという印象であった。



牛原虚彦『若者よなぜ泣くか』(1930年、松竹蒲田)


これまた193分のサイレント映画でどうなることかと思ったが、澤登翠さんの活弁と柳下美恵さんのピアノ演奏とで最後まできっちり鑑賞できた。そして、何よりも強調したいのは、文献ではさんざん読んで想像力を膨らませてきたけれど、やはり1920年代〜30年代の牛原虚彦は凄かったのだということ。そのことがよく判る貴重な作品で、これは期待以上の映画であった。


マキノ映画のようにサービス精神旺盛(スポーツあり、愛憎劇あり、友情あり、政治と金と権力あり)で、三時間を飽きさせない展開と、傍役あるいはちょい役のキャラ(小林十九二、飯田蝶子、横尾泥海男、渡辺篤ら)が冴えて物語に厚みとユーモアとを増し、主演の鈴木伝明も気心しれた牛原監督とのコンビだからなのか、前述の島津作品とは違い肩の力の抜けた演技で、彼の最も得意とする明朗スポーツマンタイプを楽しそうに演じているのが良い。田中絹代も和服姿が可憐な女学生役で古風なイメージの彼女にぴったりだったのも良かった。言っても詮無いけれど、『昭和時代』『彼と東京』をはじめとする全盛期の伝明=虚彦コンビの作品が残っていないのが本当に残念だと思う。


「蒲田モダニズムの寵児」と言われていた頃の牛原虚彦のこれぞ面目躍如!なモダニズムの咀嚼ぶりは、当時の蒲田の監督と比較しても冴え渡っていたと思われる。モガ役の筑波雪子(ロッパのお気に入りのモダンガールだった)のファッションの何と洗練されていること!女たちに翻弄される気弱な文学青年役に混血の美男俳優・山内光を配するそのセンスの確かさ。筑波雪子が享楽的なモダンガールであることを示すのに、彼女の部屋の本棚(春陽堂の世界大都会尖端ジャズ文学シリーズ『JAZZブロードウェー』や大宅壮一『モダン層とモダン相』エログロ猟奇モノなどが映り込む)を写して、その中の一冊を手に取った兄の伝明が眉を曇らせるシーンなど随所に工夫が施されており、微細な面からも第一級のモダニズムを堪能できるところが素晴らしい。ファーストシーンの大学対抗試合は玉転がし?ではなくラグビーだったら完璧だったのに、というのはあるにしても。


そして、この映画での岡田時彦は本当に綺麗で美しくてうっとりであった.......。笑顔にぎこちなさがあるのは自身も欠点として述懐していて、確かにそうなのだけれど、そんな欠点を覆い隠してしまうほどの、透き徹るような瞳の美しさは南部僑一郎も言う通り日本人離れしている。そして、その演技はスマートで知的で気品がある。やっぱり岡田時彦は日本一の美男俳優だよなあ。新聞社で危険思想者と目され、体制に組せず権力に立ち向かう正義感に溢れた敏腕の編集長役は英パンの魅力を引き出すにぴったりの役どころ。新聞記者役というと小津の『お嬢さん』を思い出すし、坂本武との掛け合いを見れば自然と『東京の合唱』を思い出す。そして、さらにそこから、大杉栄に会いに行ったこともあるという岡田時彦本人に思いを馳せてしまう......。


また、無声映画の効果的な手法もきっちり使っているのも素晴らしい。新聞社で社長が突如交代して人事異動が行われ、編集長・岡田時彦が不当解雇されたことに抗議する社員たちの怒号が、沸騰する薬缶のカットを段階的に挿入することで、不満の噴出を効果的に演出しているところなぞとても良かった。岡田時彦と鈴木伝明と山内光(=岡田桑三)がワンシーンに収まっているという贅沢さも目に嬉しく、これは松竹蒲田の無声映画時代の傑作の一本と思う。