読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


フィルムセンターにて上映中だった『生誕百年 映画監督山中貞雄』が終わったのでメモ。



山中貞雄が学生時代に使用していた辞書の左隅の小さな余白に「パラパラ漫画」は描かれていた。おお!馬が川を越えて走って行く、ピクトグラムのような人が刀を交えてそれがちゃんと剣劇になっている!それを一枚ずつコマ撮りして動画にしようという京都文化博物館の心意気それ自体が素晴らしいことだと思うけれど、こんな学生時代の落書きまで動画化せざるを得ないほどにフィルムが散逸してしまっている監督山中貞雄を巡る現状をおもうと、毎度しつこいようですが、いくら嘆いても嘆き足りることはないのです。パラパラ漫画と併映されていた滝澤英輔の『戦國群盗伝』(P.C.L.、1937年)を観ながら、加藤泰『映画監督 山中貞雄』に出て来る、戦地の山中貞雄が亡くなるひと月ほど前に滝澤英輔に宛てた手紙のなかの文句「建坊*1、キバッテ、エエ写真、ツクッテヤ」を思い出して、急に涙が出そうになる。山中貞雄の三本の映画の中では、わたしは中村翫右衛門贔屓なので『人情紙風船』が一等好きだけれども、この瀧澤英輔の映画でも聡明な野武士役の中村翫右衛門が大活躍するのが大へん嬉しかった。髭を蓄えていると、どことなく森雅之に似ているなあと思いながら観た。戦前の映画なのにフィルムの状態がとても良いのに驚く。モブ・シーンにもお金を掛けているのが判るところなぞ、さすが当代きってのモダンな映画会社だった東宝という感じで、あまり得意ではない豪快な「男の活劇」の世界だけれど、乾いたユーモアもあって、退屈することなく、それなりには楽しめた。ただ、これを言ったら贅沢が過ぎるかも知れないけれど、酒盛りのシーンひとつ取ってみても、瀧澤英輔の映画には、山中貞雄の映画に在るポエジーがないんだよなあ.......。萩原遼の『その前夜』(東宝、1939年)は、冒頭で「山中貞雄に捧ぐ」という文字が写し出され、前進座は勿論総出演で、おまけに東宝のスターたちも特別出演だし、気合い十分なのだが.......これは何ともいただけない。良いのは山田五十鈴高峰秀子だけだなあ。この映画における中村翫右衛門は、監督が違うと同じ俳優でもこうも違うのか.....のお手本のようで、ちょっとがっかりしてしまう。今回の特集では何と言っても、一分ちょっとの眩いばかりの断片『海鳴り街道』が観られたことが良かった!



さて、フィルムセンターの次回の特集は『生誕百年 映画女優田中絹代』(http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2009-9-10/kaisetsu.html)なのですが、手帖の予定がたいへんなことに。何故って、つ、ついに未見の岡田時彦出演映画を観ることが叶う日が来るのです......!もう三年近く岡田時彦とその周辺を追いかけている身としては感無量。久しぶりにプログラムを見ながら「エーッ!」と歓声を挙げてしまう。松竹蒲田の1930年度作品『若者よなぜ泣くか』(牛原虚彦)と1931年度作品『愛よ人類と共にあれ』(島津保次郎)の二本は、天変地異が起きない限りはいそいそと馳せ参じる予定なので今からわくわく。まあ、特作やオールスター映画はスターの顔見世興行的なものが多くて、作品としてはたいしたことない場合が多々あるので、内容にはさほど期待はしておりませんが、それはさておき銀幕に映るエーパンの美しいお顔が拝めるだけでも良いのです。



そして、さらに凄いことに、ハリウッド帰りの牛原虚彦のモダニズムが最も輝いていた頃の20年代のフィルム『感激時代』が19分パテベビー短縮版だけれども上映される.......!たぶんピカピカのモダニズムが溢れ返っている頃の一本と思われ、1920年代〜30年代を勝手に研究している者にとっては、柏美枝と鈴木伝明コンビの『海浜の女王』と並んで宝物のような作品となることでしょう。絹代はどうもモダーンではないので、同じ牛原作品ならば本当は「日本のルイーズ・ブルックス」柏美枝の『昭和時代』の方が観たいけれど、これはもう仕方がない。他にも、伝明=絹代コンビ(フランク・ボーゼージ第七天国』のチャールズ・ファレルとジャネット・ゲイナーがモデルだったそう!)の『進軍』もかかるし、サイレントだけで四度もフィルムセンターに通わなくてはならないという嬉しい悲鳴。本当は今こんなことにうつつを抜かしている場合ではないのだけれど、相手が英パンではこれはもう仕方がない(←アホですみません)。

*1:本文ママ。正しくは「憲坊」でしょうね。