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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


モダニズムいわれるのがきらいやねんけど:
季村敏夫『山上の蜘蛛 神戸モダニズムと海港都市ノート』(みずのわ出版、2009年)*1



扉野良人『ボマルツォのどんぐり』経由で、寺島珠雄『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』に出逢い、内堀弘『ボン書店の幻』を読んで、そのあまりに美しいドキュメントに心が震えてから幾日も立たない内に、偶然立ち寄った古書店の閉店セールで、中野嘉一稲垣足穂の世界』を買って帰り、この本を読んで、戦前神戸のモダニストたちの交遊を事細かに垣間みることが出来る嬉しい本であるところの青木重雄『青春と冒険』を知り、その中で若き溝口健二が足穂と文学仲間だったという記述に胸を踊らせ、さらに足穂のエッセイを読み進むと、果たしてタルホは大正活映時代の岡田時彦江川宇礼雄とも友人だったと知って、ますます「戦前のモダン都市・神戸」に興味が湧き、前衛詩史を一通り見渡せるので素晴らしく重宝な、中野嘉一『前衛詩運動史の研究 モダニズム詩の系譜』をせっせと教科書のようにして読む頃には、もうすっかりダダもシュールレアリスムもアナもボルも何でもござれの戦前モダニズム詩とその周辺の虜になっていた、と言ってもいいかもしれない。



とりわけ、ウィットと光の詩人・竹中郁(「上品で、若々しくて、愉快で、健康で、笑談も解れば皮肉も徹り、文学なんぞふりかざしたくもない、無闇に思索したり感激したがらない、それでいて表現が平明で、センスが明確で、身ぶりに卑俗性のない」)*2に肩入れするようになってからは、「神戸モダニズム」についても、もっと知りたいと思っていた。そこで、何ともタイムリーなこの本の刊行である。ただ、わたしのような「神戸モダニズム」という言葉に、ハイカラでお洒落でモダン!といったような表層的な印象にばかり目を奪われがちな者は、己の浅はかさにしょんぼりすることになるのだけれども。



著者もプロローグで予め断っているとおり、この本の構成は「論というより断想の連なり」(p.7)というおもむきで、話があちらこちらに逸脱する。デリダアガンベンアンゲロプロスにも十分面喰らうが、佐藤優までが登場するのですっかり驚いてしまう、いやはや。即興的というか、音楽的というか、ああ、これは扉野良人と一緒に永田助太郎の本を出した方なのだな、とふと思う。とは言うものの、著者のまなざしは、戦争により窒息させられ断絶を余儀なくされたノスタルジーとしての「神戸モダニズム」ではなく、「病理が世界を覆う現在」(p.4)に繋がるものとしてのそれに向けられているのだから、これらは「神戸モダニズム」とその周辺を現在に引き寄せるために不可避な逸脱と言うべきものなのかもしれない。



本編のヴォリュームに対してやや過剰とも思われる詳細な註を付けることで、読者はページを行きつ戻りつ逡巡しながら読むという、なかなか特異な読書体験をすることになる。これを読みにくいと言ってしまえばそれまでだけれど、この本の読みにくさをわたしは嫌いではない。むしろ一時間もあれば何の引っ掛かりもなくさらりと読めてしまう薄っぺらい代替可能な本ばかりが巷に溢れている昨今に、逡巡しながらも濃密な読書を約束してくれる稀有な一冊だと思う。戦前モダニズム詩を知るための基本文献として、長谷川郁夫『美酒と革嚢 第一書房長谷川巳之吉』などと共にこれからも幾度となくこの本を開くことになるだろう。それから、「神戸モダニズム」ではないけれど、春山行夫が20世紀の新しい文学運動を目指して編んだ「現代の芸術と批評叢書」シリーズ全22冊(1929年〜1932年)の意義についても、再度検証がなされるべき時に来ている気がする。小島輝正『春山行夫ノート』(蜘蛛出版社)も早いところ読まないと!



それにしても、我等が海港の詩人・竹中郁は「モダニズムいわれるのがきらい」だったんだなあ。山村順は『ドノゴトンカ』(第1巻、第1号/1928年5月)所収の「早春日記抄」などを読む限り、無邪気なロマンティストでモダニストという印象なので、『蜘蛛』のインタヴューでの発言も頷けるけれど、郁さんは単なるモダニストとして捉えられることを潔しとしなかったのだ。亡くなる前、お見舞いに来た足立巻一に「全詩集はいらない」と言って、初期の作品を大幅に削除することを指示したという話を思い出す。それでも、114頁に載せられた衣巻省三『足風琴』(ボン書店の本!)の「へんな広告文」はやっぱりお洒落でウィットに富んでいて、読んでいて自然と頬が緩んでしまうのは、モダニスト竹中郁ならではといった感じなのだけれど。「神戸詩人事件」についても書きたいので次回につづく(?)。

*1:isbn:9784944173716

*2:春山行夫『楡のパイプを口にして』(厚生閣書店、1929年)