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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


冨士原清一のこと:


夏の終わりに立ち寄った古書展にて購入した、鶴岡善久編『モダニズム詩集 I』(思潮社、2003年)を読んでいたら、1944年に南洋の島で戦死した冨士原清一の詩が載っていて、それがとても気に入る。何と言うか、透明できらきらしているんだよなあ。わたしの戦前モダニズム詩の教科書であるところの、中野嘉一『前衛詩運動史の研究 モダニズム詩の系譜』(沖積舎、2003年)によると、「北園(克衛:引用者)や上田敏雄などとは異質の、有機的な人間性を感じさせる幻想的な手法をもち、日本語の美しいひびきを尊重していたようである。冨士原は当時法政の学生で、慶応の学生であった上田敏雄とよく一緒に法政の教室で三木清の講義などをきいたこともあったという。(中略)かれの詩風は初期にはシュルレアリスムの影響に捉われたが、あとになって、言語の遊戯から離れて独自の精神の世界を切開いたということがいえよう。フォルマリスムに傾斜した多くのシュルレアリストたちの作品に比べて、かれの詩はあるときは精神の危機を、あるときはニヒリズムの強さを感じさせるものがあった。」とある。出典は『薔薇・魔術・学説』の創刊号(1927年11月号)より。

CAPRICCIO
Night, such a night, such an affair happens.


パレットにねりだされた多彩な絵具族のかなしみと、明暗の花咲く女性の寝室に燈つてゐた小さいLampのさびしさを、外套の釦である紫色のビイドロに覚えながら、私は細い頬を高くたてた襟につつんで、この緑り色の星まばらな夜を歩き続けてゐました。

歓楽は美装せる一人の士官である。彼の真紅のサアベルは、つねにそれの数万倍である憂鬱の雑兵を指揮してゐる。

私はこんなことを考へながら、この街でいち番高い処にある壮麗な大理石の架橋にさしかかりました。いつも愛してゐるこの陸橋からの眺めとは言へ、まあ!なんて滅法に奇麗な今夜なのでせう。街は黄ろい燈火の海をひろげ、そのあひだに赤・青・緑などのイルミネエシヨンがちらほらし、まるでカアペツトの上に宝石を薔薇撒いたやうな夜景です。さうして青いレールの群れがこのなかにサアベルのやうに煌いてゐて、いまにもあの透明体のキラキラしたシンデレラの馬車がこの街からあらはれてきて、古典的なミニユエツトを踊つてゐる星たちのあひだを縫つてゆきさうです。その美しさつたら思はずも唇からモオメントミユウジカルのひとふしがとびでたほどでした。

(中略)

折柄ふいに終列車の轟きを聞き、青いスパアクがパツと飛び散つたので、思はずもはつと架橋の下をのぞいてみると、ああ!なんといふことでせう!レールの群れが太刀魚のやうにこの架橋の下を流れはじめたのです。ついでシグナルの燈が流れだし、エメラルドグリイン・アムバア・スカアレツトなどの光りがピカピカと飛び散りはじめたかと思ふと、虹のやうな奇麗なテープや模様がメリイゴウランドの酔ひごこち夢みごこちに走つてゆきます。がついにはこん度は街までが崩壊して恐しい速さで無数の直線や矢になつて流れはじめました。さうしてこのテムポは一瞬毎に急調となり、仕掛花火や色電気の仕業も及ばない位です。私の知人や友人など、記憶にある総ての人間の顔が黄ろい粒の羅列となり、ついには一条の細い火花となつて消し飛んでゆきます。太陽も、月も星も、停車場も、アンテナも、汽船も、活動写真館も、街角の花売少女も、バツトの空箱も、ありと凡ゆる私の一切が、ありと凡ゆる世界の一切が、この強烈な未来派の色彩と音響を形成しながら流れてゆくのです。まさに名優が感激の極みに舞台で卒倒せんとするとき、その一瞬に見る数千の観客のIMAGEよりも、遥かに複雑な名状しがたいこの彩色光波の洪水が流れてゆくのを、驚きに意識を失つた私は、その閉ざした眼の紫いろの泳いでゐる網膜の上にいつまでも見続けたのです。.........

頭からすつぽりとシルクハツトをかぶせられたやうなほの暗がりの意識のなかに、どこかでぽつかりと白百合がひらくやうな気配をかんじて、ひよつと私が気がついたとき、私は高い、タカイ、TAKAIコンクリイトの城壁みたいなものの上で体をL字形にしながらBONYARIしてゐたのでした。


生意気でないイナガキ・タルホ風といったところか知ら?


それで、冨士原清一の詩をもっと読みたい!と思ったのですが、彼は詩集を残さずして死んでしまったので、まとめて読める書物がない。鶴岡善久が1970年に母岩社から刊行した詩集『魔法書或は我が祖先の宇宙学』があるにはあるけれど、これはシュルレアリスムの影響以降の作品が載っているものだろうし(未確認)、どちらかというと『薔薇・魔術・学説』(1927年〜1928年)や『衣裳の太陽』(1928〜1929年)など初期の作品のほうが気になる私としてはあまり期待できないよなあ、と思いながらうろうろW.W.Wを彷徨していたら、ある古書店にて『薔薇・魔術・学説』の西澤書店による1977年の覆刻版が売っているのを見つけて、途端にへんな熱情にかられて、えい、と釦を押してしまう。