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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


尾崎翠の新世紀ふたたび:


KAWADE道の手帖尾崎翠 モダンガアルの偏愛』*1河出書房新社, 2009)を送っていただいた。木村カナさん、河出書房のSさん、どうもありがとうございます。



この本は、今年の3月に日本近代文学館で開催された尾崎翠シンポジウムがひとつのはずみとなって実現したであろう企画なので、前々から出来を楽しみにしていた。全集未収録の新出資料である逸見広宛書簡や『文学党員』所収の樺山千代*2のエッセイなど、わたし自身もシンポジウムへと向かう日々の中でせっせと書庫に籠って閲覧したことを懐かしく思い出す。たった数ヶ月前の話を「懐かしく思い出す」なんて変だけれど、あの毎日がつむじ風そのものとも言うべき狂躁の日々はなんだかもう遠い過去の出来事のような気がするのだ。



一通り通読してしみじみ感じるのは、尾崎翠が作品を発表して八十年あまりを経てもなお、かの女の新たな作品にこうして新刊書店で触れることができる、そのこと自体が素晴らしく尊いということだ。「押しの強くない」かの女は自分を売り込むようなこともせずに文壇というものから遠いところに居たし、初期の作品が『新潮』に掲載されたことを除けば、一流文芸誌にはついぞ作品を載せることをしなかった(『女人芸術』が一流だったかどうかはさておいて)。おまけに『第七官界彷徨』を書いて鳥取に帰った後はほとんど筆を折って沈黙を守り、林芙美子によれば、尾崎翠はとうに郷里で狂い死んだことになっていた。だから文学史というメインストリームからはどうしてもこぼれ落ちてしまう、かの女の綺羅星のような作品をふたたび日のあたる場所に掬いあげるには、少数でも熱心な読者或いは支持者の存在が欠かせなかった。



その少数でも熱心な読者が、薔薇十字社『アップルパイの午後』担当編集者の渚順生氏であり、若い編集者の企画にすんなりOKを出した同社社長の内藤三津子氏であり、花田清輝主宰の『黒いユーモア』に『第七官界彷徨』を入れるよう迫った若い編集者の久保覚氏であり、「『第七官界彷徨』はいい、入れましょう」と言った平野謙であり、造本含めて(野中ユリ装丁のときめき....!)素晴らしい全集を最初に刊行した創樹社の玉井五一氏であり、翠研究の第一人者としてこつこつ文献調査を続けてこられた稲垣眞美氏であり、日出山陽子氏であり、より多くの読者を獲得するきっかけを作ることになる「ちくま日本文学全集」に名だたる文豪たちに混じって尾崎翠を収録した池内紀らであった。



このような人々の翠作品に対する驚きと熱意とによって、尾崎翠は歴史に埋没することなく、21世紀を迎えてなお驚きをもって新しい読者に迎え入れられ、読み継がれることとなった。「尾崎翠著書目録および解題」にてカナさんが書いているとおり「尾崎翠という作家が、後半生の長い沈黙ゆえに忘れ去られてしまうことなく、今もなお多くの読者を獲得しつづけているのは、彼女の作品に魅了された読者たちが、彼女の本を作り、新たな読者に手渡そうと努力してきたから」なのである。そのことが作家・尾崎翠にとって何よりも幸運なことだったし、今の尾崎翠を巡る幸福な状況は、こうした人々が様々な場所に蒔いた小さな種が長い時間をかけて育ってゆき、ようやくもたらされた果実とも言うべきものなのだ。

<関連企画>
第34回西荻ブックマーク
2009年7月25日(土)
ガルボのように---1920-30年代東京・モダンガールとしての尾崎翠
http://nishiogi-bookmark.org/2009/nbm34/


*1:ISBN:9784309740287

*2:かの女の肩書きが「友人」となっているのがちょっとおもしろかった。この人は一応児童文学などを書いていたように思う。