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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

murmur


ユキや


先月の25日に実家のユキが死んだ。


長毛の白い毛並にところどころ黒の斑を付けて、少し緑がかったマスタード色の眼をした、とても人なつこい猫だった。年老いる前はぴんと張った立派な髭を生やした頬が、木の実を詰め込んだ冬眠前のリスのようにまあるくて「ニャロメの猫」にそっくりだった。部屋に差し込む陽光に鏡を反射させると映る光の影を「カ、カ」と細切れの鳴き声をあげながら獲物を狙う獣になって果敢に追い掛け、ヴェランダに置いた大鉢の紫と黄のビオラの柔らかい花の上に、半ば首をかしげ神妙な面持ちで、極めて行儀良く両手を胸にしまって座るのが常だった。


随分と前に実家を離れ、たまにしか玄関をくぐらない私であっても、この猫はいつでもとことこと軽い足音を立てて赤い首輪の小さな鈴を鳴らしながら廊下まで迎えにきてくれた。「ユキー!」と顔をぐしゃぐしゃに撫でると、そんな手荒な真似をされても満足そうに「ミャア」と軽やかな声で啼いて顔をあげ、利発そうな眼でじっとこちらを見る。


前の日の晩に『作家の猫』を繰っていたのが、きっと、まずかったのだ。


どの猫もみな可愛いので読んでいて自然と笑みが浮かんでしまうのだけれども、ページを繰りながら、実家のユキは元気だろうか、と思っていたところに母から電話がかかってきた。二日間泣きはらして眼前に白い膜がかかっているような状態でうつらうつら仕事をして、まだ瞼に重い熱をもったまま、三日目の晩に一人で食事を済まして、ふと何かの気配に振り向くと、暗い廊下をユキがとことこと軽やかな足音を立ててやって来るのが見えた。


「あ、ユキ」と声をかけると、その途端に白い影はふっと消えてしまった。

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ある冬の日にユキと一緒に読んだ本の雑文が出てきたので転載してみたり、ええ、ただの感傷ですとも....!

金井美恵子『噂の娘』(講談社、2002年)

昨晩の雪が嘘のように晴れ上がった日曜日の昼下がりには、窓硝子から低めの真白な冬の光が射し込むので、空気中の細かい塵がきらきらと煌めきながら部屋を舞っているのが判る。わたしはフローリングの床にぺたりと座り込み、眩しすぎる光に照らされてまるで本それ自体が光を発しているかのような白いページにくっきりと活字が浮かび上がるのを、太陽光で本を読むのはあまり眼によくないとは思いつつも背中にあたる暖かい陽の光が快いのにまかせてページを繰り続ける。鈴をちりんちりんと鳴らしながら何処からともなく(ほんとうに何処からともなく、なのだ、そおっと足音も立てずにやってきて何時の間にそばに居るのだから。)猫がやってきて背表紙から垂れる栞の紐を見つけると幾分首を傾げながら薄桃色の小豆のような肉球が星座みたいにお行儀良く並んだ白い手を神妙な面持ちで出したり引っ込めたりする。そのうちそれに飽き足らず栞の紐に噛み付いて引っ張り出したのを本がぐらぐら揺れるのでわたしは嫌がり、猫がよそ見をした隙に栞の紐をページとページの間に挟み、隠し切れない先端の部分を指で覆ってしまう。すると猫は暫くのあいだ不思議そうな顔をして紐を探すのだがやがてぷいとわたしを置いて何処へ行ってしまう。そんな時の猫はとても冷淡でわたしが名前を呼んでも振り返りもしない、三角の耳を立てて尻尾を揺らしながら猫はもう振り返らない。