しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


15日、有楽町朝日ホールにて、「フランス映画の秘宝」(http://www.asahi.com/event/fr/)。クロード・シャブロル『肉屋』Claude Chabrol "Le Boucher"(1969)、サッシャ・ギトリ『あなたの目になりたい』Sacha Guitry "Donne-moi tes yeux"(1943)を観る。



描き方はもちろん違うにしても、どちらも愛の映画だったのでジーンと感動する。とりわけ、シャブロルの『肉屋』が凄かった。溝口健二『赤線地帯』を思い起こすような不穏な音楽に心がざわつく。軍隊での15年もの長く悲惨な経験を忘れようとして、なかったことにしようとしてもがく男。心の奥底に取り憑いた悪魔を振り払いたいと思いながら、荒廃してしまった心を癒すことが出来ずに猟奇殺人を繰り返す男。取り憑いた悪魔を消し去るかのごとく、愛する人の目の前で自らの腹を刺してしまう。愛の告白が死ぬ間際だなんて、やはり切ない。女教師エレーヌ役のステファーヌ・オードランがクール・ビューティで素晴らしい。これくらい冷静沈着なヒロインを「クール」と称するのだと思う。彼女やドロシー・マローンと比べてしまうと、この夏にアテネ・フランセで観た鈴木英夫の映画で司葉子が「クールだ、クールだ」と言うけれど、ぜーんぜん、まだまだじゃないの?とか意地悪く思ってしまうのだけれど。ラストで瀕死のポポール(ジャン・ヤンヌ)を乗せて村の夜道を車で走るシーンの描き方の素っ気なさが素晴らしいと思った。アンチクライマックスの悲劇。出血多量で顔面蒼白となり明らかに死相が顕われているヤンヌを容赦なく写しながら、同等の比重でもって、ヘッドライトで闇夜に浮かび上がる木立をただ淡々と映し出すというシャブロルの冷酷な眼差し、でもこれが真実なのだ。ここでも、ステファーヌ・オードランのクール・ビューティが引き立つ。



サッシャ・ギトリの『あなたの目になりたい』は瀟洒な大人のメロドラマ、ひたすら贅沢な気分。マノエル・ド・オリヴェイラの映画を観ていてもいつも思うことだけれど、こういう豊かで贅沢な映画というのは日本では撮れないよなあと思ってしまう。日本映画は戦前のものにしてもやはり何処か貧乏臭いというか....。まあ、それは結局、欧州と日本の社会構造の違いなのだろうけれど。去年だったかフィルムセンターで観たヴィリ・フォルスト『たそがれの維納』だって本当に素敵だったもの.....!生活感溢れる何処か垢抜けしない日本映画もそれはそれで大好きだけれど、身の丈には合わないと判ってはいても、こういう映画にうっとりしてしまうことも確か。それに、サッシャ・ギトリは何年も前から観てみたかった監督の一人なのだった。代表作『とらんぷ譚』もFCや日仏で何度か観る機会があったというのに見逃しつづけていたので、ようやく彼の映画を観ること叶って嬉しい。しかも、主演までしている。さすがにさすがの品の良い顔立ちだし、歩き方ひとつとっても身のこなしが本当に紳士然としていて素敵、血筋がいいとこうも格が違うのかと感嘆のため息とともに観る。いいものを見せてもらったわー。