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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

memo memo


連休メモ覚え書き


13日、ずっと行きたかった横浜の元町公園にて大正活映撮影所の碑を拝みにゆく。英パンの「俳優事始め」の地。「岡田時彦」の名前がちゃんと碑に書いてあるのを確認してご満悦の図。(←阿呆ですみません)



その後、横浜都市発展記念館にてこれまたいつか買おうと思っていた図録「シネマ・シティー横浜と映画ー」*1(大正活映のことが勿論書かれているし、日大芸術学部所蔵の田中栄三コレクション『彼をめぐる五人の女』の見たことないスチルがたくさん拝めるのです!キャー)を購入して、inukoさんの日記(id:NARASIGE:20080910)で知った「渡辺義雄が写した船 1940」を日本郵船歴史博物館に見に行く。1940年に撮られた写真なのだけれど、堀野正雄『カメラ・眼×鉄・構成:1930-1931』や、北尾鐐之助『近代大阪』(創元社)や、去年、芦屋市立美術博物館で観たハナヤ勘兵衛の撮った一連の船の写真を思い起こさせる「機械美」礼讃な新興写真だったので、こういうの好きだわ、とにんまり鑑賞する。船の写真もよかったけれど、『フォトタイムス』誌に発表したという、建築写真の《御茶ノ水驛》(1933年)が素敵だった。日本郵船と言えば,思い出すのはやはり百間先生という訳で、百間先生の朝ご飯(英字ビスケット一握りと牛乳と林檎)と昼ご飯(夏はもり蕎麦、冬はかけ蕎麦)を思い出したりなんかして、そんなこともふつふつと嬉しい。1936年に建てられた日本郵船の建物のマア立派なこと!そして、ぐるりと周囲を見渡すと馬車道駅へと続く海岸通や日本大通りのあちらこちらに雨後の筍のようにモダン建築。モダンな港町横浜の街並に心底うっとりして、ちょっと興味はあったものの「やっぱりいいや」と横浜トリエンナーレは素通り(ええー)して、馬車道駅へ降りると、駅のコンコースではBankART1929主宰の「開港5都市 モボ・モガを探せ!横浜展」が偶然開催されていたので、ほお、と興味深く写真を見たけれど、そこは素人ばかりを写した写真なのでやはり英パンのような美男子は居ないのだった。

*1:一カ所、間違いを発見してしまった。溝口健二『東京行進曲』(1929年)のカードの説明文として、「写真は歌手の佐藤千夜子」とあるけれど、女給のように白いエプロンをしてにっこり微笑む写真はどう見ても佐藤千夜子ではなく、田坂具隆監督の奥様で女優の瀧花久子。jmdbで調べてみたら瀧花久子はちゃんと溝口の『東京行進曲』に出演しているのでたぶん間違いないと思う。