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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


週末記。日本近代文学館http://www.bungakukan.or.jp/)に「生きた、書いた 女性文学者の手紙展」を観に行く。駒場東大前の駅からいつも花水木の道をてくてく歩いてゆくのは気持ちがよい、のだけれど、あいにくその日は「曇り」という天気予報が外れて、陽がさんさんと照ってきたというのに日傘もなしで、じっとり汗が滲み出てくるような蒸し暑さでお散歩日和とはいかなかった。駒場公園の日陰に入ってようやくひと心地つく。今回のお目当ては尾崎翠高見順に宛てたという直筆の手紙(昭和八年九月十三日)を見ること。「ああ、あった」とガラスケースの前でずいぶん長居して翠の筆跡をじっと目に焼き付ける。翠の手紙には「郷里には頭の洗濯用になる映画もなく索然としています。 九月十三日 尾崎翠 高見順様」とあった。尾崎翠の筆跡はゆったりとしておおらかでどちらかというと男っぽいというかサバサバした印象だったのが、思った通りで嬉しかった。翠はきっと自己愛の激しい人でもなく、悲劇のヒロインを気取るようなこともなく、こざっぱりとした地味な着物を着て、シネマの闇と孤独とメランコリイとを愛するおだやかなユウモアをたたえた慎み深い人だったのだと思う。パネルを見ながら、そうか、翠のお父さんは校長先生だったんだな、と思って、すぐさまある友人の顔が思い浮かんだ。



長谷川時雨の筆跡は女性らしく流麗な美しさで、これまたらしくて素敵。さすが『女人芸術』で女性の書き手を纏め上げて先導していったハイブロウで粋な姉さんだわという感じ。恋人を奪ったという過去がある佐多稲子に宛てて書いた田村俊子のあっけらかんとした再会を願う手紙も、これまた図々しいというか奔放な彼女らしくて可笑しくなってしまう。でも、何と言っても可笑しかったのは宇野千代の個性的な筆跡で、この明らかに他の人と違う「元祖・オリーブ少女文字」みたいな強い筆圧で書かれた角張った文字にやはり突き抜け具合がひと味もふた味も違う....といたく感心させられた。



成城学園前駅で降りて、世田谷美術館分館清川泰次記念ギャラリー(http://www.kiyokawataiji-annex.jp/)にて「大東京 清川泰次が写した昭和十五年のメトロポリス」を観る。これは昭和十五年十一月十日の「皇紀二千六百年」を祝う銀座の街の様子を当時慶応義塾大学の学生だった清川泰次がライカで写したというものでかなり即興的なスナップ写真という印象。大政翼賛会の看板や「支那事変記念国債」なる垂れ幕などが映り込んでいるのが時代の不穏な空気を肌に感じるようで、ここは今戦時中であるということをまざまざと思い知らされるのだけれど、それでもまだ心なしか人々の表情は祝賀ムードにあてられてなのか、のほほんとしているようにも見える。闇夜に白い光の帯を流す花電車のネオンが新興写真のようで美しい。マキノ正博『ハナコサン』(1943年)や小泉癸巳男『東京百景』の中の「春の銀座夜景」(1931年)を思い出す。このギャラリーにははじめて行ったのだけれど、白いモダンな建物に紺色の"Taiji 清川"と書かれた郵便ポストがあって、いつまでもぼーっと長居したくなるとても素敵な場所だった。光の差し込み具合が美しいからか、まったく関係ないのだけれど,なんとなくルイス・バラガンの建築物を思い出したりもする。奥の小部屋でゆっくりと画集を繰ってみて、どの時代の作品もそれぞれいいけれど、とりわけ50年代後半以降の抽象画がまるでニコラ・ド・スタールのように洗練されているのが素晴らしくて、ぜひまた画を観にここへ足を運びたいと思った。それに、偶然その時読んでいた渡辺修三の詩集『エスタの町』にとてもぴったりな場所だったのも嬉しかった。たとえて言うならば、地中海からの風が吹いているような感じ、いや、地中海に似ているけれど架空の何処か別の場所。