しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


とある方のご好意で、念願かなって、小津安二郎監督作品『お嬢さん』(昭和五年、松竹蒲田)の主題歌(!)、二村定一・天野喜久代『お嬢さんの唄』(昭和六年、時雨音羽作詩/佐々紅華作曲)を聴かせていただく。何という幸運なことだろうか。本当にありがたきことなり。手を合わせんばかりにして西の方を向いて深くお辞儀をする。



映画が失われてしまっている今となっては、『小津安二郎全集』*1新書館、2003年)で採録されている、北村小松や伏見晁や池田忠雄によるシナリオと当時の映画雑誌の記事を読むことと、ソフト帽を被り白いスカーフを巻いた岡田時彦が栗島すみ子と一緒にモダンなイラスト(落書き?)が描かれた壁の前に何故か縄でしばられているスチル(数ある英パンの素敵なスチルの中でもこれが特に好き!)を眺めることと、河野鷹思の描いたモダンなのにどこかトボケた妙味のポスターを眺めることしかできかったのが、『お嬢さんの唄』を聴くことによって、もうひとつ『お嬢さん』という映画について知ることができた。サイレント時代の小津映画そして岡田時彦ファンにとって、何と嬉しいことだろう!



はじめて聴く『お嬢さんの唄』は、"紳士淑女千夜一夜""超大作本格喜劇"と銘打たれた都会派ナンセンス・コメディーにぴったりと思えるようなアップテンポの朗らかな長調の曲で、聴いていて嬉しくなってしまう。トランペットと木琴が軽快に鳴ってフルートが小鳥のさえずりのように響く。歌詞を聞き取ろうと耳をすますのだけれども、本格的な声楽を学んでいるがために唄の上手い天野喜久代の声が聞き取りにくく、しかも曲もかなりアップテンポなので尚更よく聞き取れない。『大阪時事新報』(昭和六年二月十四日号)に歌詞が載っているそうだから、これは国会図書館に行って調べなきゃ。



この曲を聴いていると、のっぽで三枚目の斎藤達雄とチャッカリ屋で二枚目の岡田時彦のデコボコ・コンビの二人が、ビシっと決めたお洒落なスーツで、二十九年型シボレーに乗ったり、俳優学校を見学してへまをやって「ほうほうのてい」で逃げ出したり、ゲイリー・クーパーとナンシー・キャロル主演の『女難』のビラを見てクサったり、幽霊屋敷に忍び込んだりしながら、街中を駆け回って「特ダネ」集めに奔走しているのが眼に浮かんで来るよう。



街のルンペン 酒場のアパッシュ ニュースあげましょ 唇欲しや ノーサンキュー
どちら向いても 特ダネよ特ダネよ


闇のライター 瞳のフラッシュ 煙草つけましょ お相手欲しや ノーサンキュー
どちら向いても 特ダネさ特ダネさ



(という風に聞こえる.....のだけれども)