しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや



市川崑監督が亡くなられたのですね、九十二歳。オリヴェイラよりまだ七歳も若いのに....。亡くなる前の日に、偶然にふとした出来心で、山根貞男が『季刊 リュミエール』に書いていた「最後の加藤泰」という文章を読んでいて、加藤泰もキネカ大森にて特集上映を組まれている最中に亡くなって四日目からは追悼特集になってしまったという下りを覚えていたので、訃報を聞いて、咄嗟に「ああ、市川崑もだ.....」と思ったのであった。案の定、本日のNHKニュースでは神保町シアターが大入り満員なのを観客の追悼コメントも付して写していた。ああ、この特集何本か通うつもりでおりますがだいぶ混みそうだなあ。



市川崑監督について語れるほどにわたしは彼の作品を観ていないし、学生時代にリヴァイヴァルで『黒い十人の女』がかかって周囲が騒いでいた時も根っからのひねくれ者で天の邪鬼なので「ふん、お洒落映画でしょ?」と思って(←若気の至り)観に行かなかったし、何せテレヴィで見た横溝正史モノとか『ビルマの竪琴』とかを除いて、はじめてちゃんとまともに観た作品が、つい昨年フィルムセンターで観てあまりのモダンさと運動神経の良いスピーディーさに驚愕した『足にさわった女』(id:el-sur:20070329)というていたらくだったのだから、市川崑を語る資格なんてこれっぽちもないのだけれど、なんだろう、この人の尋常じゃないモダンさは?と思って、手元のチラシの経歴を見たら、何と、市川崑は、そうか阿部豊のチーフを務めていた人だったんだ!



市川崑フィルモグラフィーを見ていて気付いたのは「あ、この人は英パンの主演作*1を二つもリメイクしている」というものでそれで遅ればせながら、にわかにこの監督が気になりはじめていたところへの訃報であった。



阿部豊のチーフを務めていた人、と聞けば、なるほどあのモダンなスマートさにも納得がゆく。アメリカ帰りの阿部豊(当時はジャッキー阿部とか阿部ジャックとか言われていた)が日活で撮った映画『足にさはった女』や『彼をめぐる五人の女』はどちらも英パンこと岡田時彦の人気絶頂の頃の主演作なのだけれど、あの泥臭い竹薮の奥の京都大将軍にあった日活がこんなモダニズム感覚に優れた映画を撮ったというので驚きと称賛を以て「薮の中からモダニズム」と称され、東京の松竹蒲田もこうしてはいられないと大いに焦ったという。(このあたりの話は岩崎昶『映画が若かったとき 明治・大正・昭和三代の記憶』(平凡社)に詳しく書いてあります)淀川長治さんが「まるでパラマウント映画」「日活最高のモダン映画」と言った*2『彼をめぐる五人の女』はもう作品が現存しない今となってはシナリオを読んで映画を想像することしかできないのだけれど、本当に何処をとっても嬉しくなってしまうほどモダン!でわくわくする。ポマードべったり時代とはいえ、五人の女に翻弄されモテまくる英パン、どんなにか颯爽として素敵だったことでしょう。戦前のモダニズム時代の阿部豊について読み齧っただけで、戦後の阿部豊の映画を観たことがないので何とも言えないけれど、日活の現代劇ブレーン「金曜会」や阿部豊が中心となって作り上げた「日活モダニズム」の系譜がちゃんと市川崑に引き継がれていたのだなあ、という気がする、ってろくに作品も観ずに言うなって感じですが、ハイ、すみません。



とりあえず『プーサン』『穴』『あの手この手』『日本橋』『ぼんち』あたりは観たい、観なきゃ。

*1:阿部豊『足にさはった女』(1926年)溝口健二日本橋』(1929年)

*2:淀川長治映画塾』より