しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


成瀬巳喜男『女人哀愁』(P.C.L.+入江ぷろだくしょん、1937年)


アテネフランセにて溝口・成瀬特集の二日目、これは佳作。
今日はカメラが三浦光雄なので安心して鑑賞できた。やっぱりカメラがいいとすべてがよく見えてしまうなあ。三浦光雄は不二映画で岡田時彦の主演作『天国の波止場』『もだん聖書』*1(共に1932年)でも回しているので、その事実だけで我が贔屓のカメラマンなのだ、ってどちらの作品も現存していませんが....。



先日の『乙女ごころ三人姉妹』がやや拍子抜けで少し落胆していたところだったけれど、この作品は素直に、ああ、成瀬はやはり素晴らしい、と思えて嬉しかった。



入江たか子は「綺麗で悪くないけど」(←淀川長治さんの真似)やっぱり演技があまり上手くないよなあ、と思いながら最初のうちは観ていたのだけれど、途中から、このほとんど抑揚のない淡々とした演技と喜怒哀楽の激しさがないということが、この成瀬の作品においては、それはそれでよい効果をあげているのだ、と思うようになった。何しろこれは溝口作品ではないのだから。貞淑従順な妻を演じるのはこれくらいの控え目な感じでちょうど良いのだろう。



音楽の使い方も紙恭輔には悪いけれど『乙女ごころ三人姉妹』より断然いいのでは?と思う。人物の動かし方も淀みなく、入江たか子の名前が「おい、広子」「お義姉さん!」「広子さん」と嫁ぎ先の身勝手な家族からまるで女中扱いのように次から次へと連呼され、その度にあちらへ行きこちらへ行きという流れるような動作も引きで撮っているので、一部始終を余すところなく観ることができて大変小気味好い。洗濯物をぽんぽん投げながら(拾うんだったかな?)エプロン姿で機敏に歩く新珠三千代を何故か思い出す。やんちゃな弟・次郎ちゃんのとぼけっぷりも作品に穏やかなユーモアを添えて、入江たか子を困らせる我がままでずる賢くて生意気な義妹・水上玲子のキャラクターもなかなかよかった。



実家の妹役を堤真佐子が演じているのだけれど、女学生の役どころなのに矢鱈と化粧が濃い!のでセーラー服にお下げ髪がまるでドリフのギャグにしか見えないのが相当変なのと、入江ぷろとの提携作品だからとにもかくにも入江たか子を綺麗に撮る、ということで仕方のないことかもしれないけれど、家に居るのに丸髷のように髪を結ってきらびやかな着物を身につけていそいそと家事をこなす入江たか子もまるで芸者みたいで滑稽であった。



こういう「女性の自立」を題材にした映画だと、ややもすると女性の悲劇を声高に告発するという様相に陥りがちなところを、必ずしも紋切り型のそれにならないところが、流石は成瀬というか、「軽み」のP.C.L.らしい、というか。



それにしても、またかよ!って言われること請け合いですが、でも言わせていただきたい。『女人哀愁』と聞いて、どうして一文字違いの小津安二郎監督・岡田時彦主演作品『美人哀愁』のフィルムが現存していないのでしょうか!?とやっぱり口惜しくて悔しくて、どこかでひょっこり見つからないかなあ!と未だに一抹の望みを捨てきれないのです。

*1:写真は髯も素敵な英パンと佐久間妙子嬢の不二映画『もだん聖書』のスチルより。