しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

林矢子さん(id:naoco:20071029)が挙げていらした「私家版日本十大小説」なるものをわたしもしてみんとしてするなり。ていうか物凄く普通なセレクトになってしまった.....頭がカタいのかも....。気が向いたら補足します。(11/2 補足しました)


私家版・日本十大小説


尾崎翠第七官界彷徨


随筆はともかく、折に触れて何度でも読みたくなる小説というのはそうそうない気がするけれど、この作品は今でも読むたびにいつも静かな感動をもたらしてくれる。小野町子のちぢれ髪、あんこのふすふすと煮える匂い、苔の戀愛。感性の素晴らしさに天性の才能が合わさった、まことに未だに輝きを失わない綺羅星のような作品。


多和田葉子『聖女伝説』


自意識の捩れと強迫観念。あまりにそれらが主人公に取り憑いているので、世界は浸食されるかのように段々と奇妙に狂ってゆく。そう、少女ってこういうもの。


内田百けんノラや


猫好きの全人類必読の書。これを「小説」としてよいのかどうか迷いましたが....あまりにもあまりにも偏愛している作品なので。


中勘助銀の匙


そりゃおセンチだけれど。月夜の晩に腕を見せ合いっこする場面の美しさ、愛らしさ。


谷崎潤一郎細雪


これを読んでからというもの関西文化圏にひたすら憧れのまなざし。ああ、いいなあ、大阪弁....とため息吐くくらい素敵。まるで優雅な錦絵を観ているかのよう。蒔岡四姉妹(というか、実質は三姉妹か?)の織りなすそれぞれの物語の美しさよ、とりわけ「きあんちゃん」と「こいさん」の関係が好きなんである。ため息ばかりの美しさなのにラストが「下痢」で終わるところもこれまた素晴らしすぎる。大江健三郎以前にノーベル文学賞に値する日本人作家がいたとすれば、川端でも三島でもなく、谷崎だと思う。


藤枝静男『田紳有楽』


この作品は日本文学史に突如現れたミュータントとしか言いようがない。祝祭的大団円で終わるところも含め、far-out novel(って勝手に今名付けました)の金字塔、最高。


大西巨人神聖喜劇


これは博覧強記のエンタメ小説である。すこぶるおもしろい。けれど、再読しろ、と言われたらもう出来ないと思います(笑)。


大江健三郎万延元年のフットボール


ぞくぞくする程に才能迸っている頃の大江健三郎による戦後文学の代表作、想像力の勝利。


小島信夫抱擁家族


一言で言えば壊れてる。強迫観念と黒い笑い。生真面目な滑稽さ。何となく嫌な気持ちにさせられる読後感だけれど、これが小説。


後藤明生『挟み撃ち』


口の端をゆがめて笑うようなおもしろさ。小説ジャンルの成立段階から一大テーマとして常に存在した自分探しの物語?はたまたミステリー・推理・探偵小説としての外套探索譚?これら既存の枠組のどちらからも隔たって、ジャンル分けされて並べられることを拒絶したこの作品は、蓮實重彦のことばを借りて言えば本当に「野心的な作品」なんである。「なぜ、こうなるのか?」という訝し気な疑問さえも後藤明生は笑いを以てきっと拒絶するだろう。なぜ、だなんて、ねえ、君? そして、作者の笑い声が響いてくる。

森茉莉『甘い蜜の部屋』は?三島由紀夫『豊穣の海』四部作は?中上は?ピンチョンは?など色々迷う所ではありますが、とりあえず「ええいままよ!」と直感で選んだ十作品。


私家版・世界十大小説


ミハイル・ブルガーコフ巨匠とマルガリータ


想像力の枯渇なんていう言葉は彼の辞書にはないのです。破天荒で奇想天外な展開に至る所で怒涛のごとく鳴り響くのはワルツやオペラやジャズ!オマージュなんていう慎み深い隠微なものじゃなくて文中にはロシア文学・オールキャストとでも言う様にゴーゴリドストエフスキートルストイプーシキン本人らが次から次へと顔を出す。うーらら!「我に従え、読者よ!」と言われなくとも圧倒的な力でぐいぐい引き込まれるストーリー・テリングの巧さ、これぞフィクションの勝利と言うしかないような圧倒的滅茶苦茶な面白さにもはや唸るしかありません。いや、ブルガーコフ恐るべし、恐るべしロシア、大喝采。


・ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』


再読しろって言われたらキツいかもだけれど・その2 武田花さんが「今まで読んだ中で一番」と言っていた『八月の光』と迷いましたが混沌としているさまがとにかく凄いので。時間の流れを転倒させせつつ各章で異なる主人公のそれぞれの視点と意識のもとで書かれていく。特に川に投身自殺をする寸前の意識下で書かれた長男クエンティンを主人公とした章の混沌ぶりは凄い。


リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』


やっぱり入れておきますわたしの原点。


カート・ヴォネガットJr.『スローターハウス5


これもその頃に読んでたいへんおもしろかった。


ハーマン・メルヴィル『代書人バートルビー


『白鯨』と迷いましたが、やっぱり凄すぎる中編小説のこちらを。鮮やか。I'd prefer not to...


スティーヴン・ミルハウザーエドウィン・マルハウス』


少年小説の東の金字塔が『銀の匙』とすればこちらは西の金字塔と言えるのではないでしょうか。息が詰まるほどに緻密な世界に心奪われます。


・ギュスターヴ・フローベール『ブヴァールとペキュシェ』


馬鹿は二人連れ、または、二人連れの馬鹿はどうしてこんなに素晴らしいのでしょう。何も学ばないお馬鹿、最高。まるでわたしを見ているよう(笑)。


ジャン・ルノワール『ジョルジュ大尉の手帳』


ルノワールはもちろん映画も素晴らしいのだけれど(って当たり前だって怒られますね)小説もこれまた素晴らしいのです。育ちが良くておおらかで、彼の美の世界に身を浸す歓びに、ただただ至福の時間。


ルイ=フェルディナン・セリーヌ『なしくずしの死』


一方でこういう「くそったれ!」な世界にも惹かれてしまうのです....。溢れ返る力をお裾分けしてもらったように、何故か読み終わった後ふつふつと勇気が湧いてくる小説。


ジェーン・オースティン高慢と偏見』 または ヴァージニア・ウルフ『燈台へ』


オースティンの作品は箱庭なのでそれなりに退屈なのだけれど、そうはいっても何故か読み進めてしまう妙な魅力がある。やっぱりおもしろいのか....。ヴァージニア・ウルフは『オーランドー』と迷う所ですがやっぱり装丁が美しいみすずの本が好きだからな。


次点(通読していないため):
フランソワ・ラブレー『ガルガンチュワとパンタグリュエル』
ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』
フョードル・ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟

短編(集)十選

キャサリンマンスフィールド『ガーデン・パーティ』
アーネスト・ヘミングウェイ『インディアン・キャンプ』
レイモンド・カーヴァー『ささやかだけど役に立つこと』
フラナリー・オコナー『善人はなかなかいない』
尾崎翠『木犀』
金井美恵子『桃の園』
谷譲次『キキ』
武田泰淳『もの喰う女』

シャルル=ルイ・フィリップ短編集『朝のコント』
マルセル・プルースト短編集『楽しみと日々』