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えー、開高健の『洋酒天国』の目次に、あら、岡田時彦の名前が、はてな?と思って、いそいそとこの号を取り寄せてみたら、なるほどこういうことだったのね。
おくればせながらリバイバル・ブームにのって、文化住宅、文化釜、モボ、モガ時代を再現しました。なつかしさに涙をおとすもよく、アホらしさに哄笑するのもよく、気ままにお手もとのハイボールを楽しみつつお読みください。
そんな前書きの見開きの頁には『モロッコ』や『テキサス無宿』(キャ、谷譲次!)のポスターや、銀座のカフェー「バッカス」*1や「サロン春」のマッチラベルもお目見えする。
うきうきとさらに頁を繰ると、岡田時彦の読みものは『新青年』(昭和三年、八月号)に掲載された「TEN・YENの憂鬱」の再録で、これは既に『新青年』で読んでいたものだったけれど、それでも『洋酒天国』に英パンの名前と書きものが載っているということが、何となくふつふつと嬉しい。
その作品名から、佐藤春夫『田園の憂鬱』のパロディ?という読者の読みを、あらかじめ「名作『田園の憂鬱』」とは「似ても似つかぬ」と冒頭で断っている通り、英パン曰く、この話はタイトルのみを拝借した「当今これが流行の断髪美人の幽霊を買った話である。」
日本初の本格的なレヴュウ『モン・パリ』を大ヒットさせた岸田辰弥の義弟「嵯峨野のKID」なる人物(これが誰をモデルにしたものか判らなかった...もしご存知の方がもしいらっしゃいましたらぜひご一報いただきたく)と悪童二人して十円(=TEN・YEN)を財布に忍ばせて神戸の酒場に繰り出し、とあるバアで「嵯峨野のKID」の昔の恋人で死んだはずのSというワンサ・ガールの幽霊に出会い、二人ともぞっと爪の先まで青くなってその場を立ち去る。ひと月後、神戸に出かけた際に、トア・ロードを一時間近く探しまわったあげく、やっとその夜のバアの看板を見つけてほっとして近寄ってみると、それはSHELLという文字に、さらに御丁寧にもGASOLINE SERVICE STATIONと書いてあったのだった、という幻を追うような小話で、まあ何てことはない物語ではありますが。
岡田時彦以外のコンテンツはこんな感じ。なかなか、いやいや、たいへん素敵な面子が揃ってる!
エノケンに「日本一!」とエールを送る飯田蝶子(つい先日、映画の中*2でお会いしましたね、バス賃をちょろまかそうとする老婆の巧みな演技に「さすがお蝶さん」と思ったものです。)や、「ステッキ・ガール」(あ、これも清水宏つながりだ)についてつらつら説明している陶山密や、最近ちと気になる版画家・川上澄生(栃木県の鹿沼に美術館があるのね)や、我らがP.C.L.の森岩雄の巴里案内や、『新青年』のお洒落指南「VOGUE EN VOGUE」などなど、英パンの他にも見所沢山な目にも楽しい一冊。とりわけ、最近何かと縁があって気になっているのが渡辺温なので*3、横溝正史「渡辺温くんのこと」を興味深く読む。そして渡辺温といえば、もちろん思い出すのは、ずっと前から「きっと好きだと思う」とお薦めしてくれていた花さん(id:hanaco)で、せっかく教えてもらっていたというのに、結局、今日まで読まずに来てしまっていたのだけれど(花さん、ごめんね)、この偶然の符合は、いよいよ読まねば、渡辺温、ということなのか知ら?
「日本一になりたい」飯田蝶子
「聖林のスウ」松井翠声
「モダン流言蜚語集録」陶山密
「変なリードル」川上澄生
「ガルボ退米」南部圭之助
「渡辺温くんのこと」横溝正史
「巴里見世物案内」森岩雄
「無礼な企業」谷譲次
「新青年思い出噺」水谷準
「VOGUE EN VOGUE」