しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

何て蒸し暑い一日!
すんでのところで出かけるのを止めようかと思ったけれど、あとで後悔するのが目に見えているから、今日もシネマヴェーラ清水宏『簪』『暁の合唱』(1941年)の二本を観る。『簪』は例によって斉藤達雄(ちょっぴり偏屈な学者先生といった役どころ)のユーモラスな演技が最高で、その斉藤達雄に睨まれてばかりいる気弱な日守新一(何かことあるたびに奥方に向かって「ねえ、お前?」と問いかけるのが斉藤達雄の気に障るのである)も可笑しくて、勿論、主演の田中絹代笠智衆もよいのだけれど、囲碁の勝負ばかりやりたがって斉藤達雄の勉強の邪魔をする老人や太郎ちゃんと次郎ちゃんのわんぱく兄弟など彼らの周りを取り巻く人々がまた素晴らしい。そして、何と言っても、この映画の川崎弘子の美しさよ!ってつい最近ファンになったのだけれど、トーキーの川崎弘子は「こんな声であってほしいな、そうだといいな」と思っていた通りの、やや低めのしっとりと落ち着いた潤いのある声で、二枚の桜貝のような愛らしい彼女の唇からそんな声が聞こえてくるのを目にして、ますます川崎弘子が好きだナアと思う。木漏れ日が地表にまだらのしみを付けて陽光が降り注いで白く光る野原を田中絹代と二人で連れ立って歩く日傘をさした川崎弘子の美しさ。



『暁の合唱』、木暮実千代が凄い。煌めくような若さに満ちあふれた少女の瑞々しい魅力がこれでもかというくらいに画面に溢れている。木暮実千代は今まで特に好きな女優さんではなかったのに、もう観ていて木暮実千代の魅力にあてられっぱなしでくらくらした。制服の少女が歩きながら草をむしるとか!個人的にたまらないわー。傾斜になっている野原を背中を草だらけにしながら転げ回って仰向けに寝そべるっていうのも、それを少女がやるからたいそう素晴らしい。いずれもどこか外国の映画で観たような仕草だけれども。



当時はまだ「職業婦人」という名で仕事をする女性をやや揶揄するような風潮もあったなかで、舞台が田舎の温泉宿という設定なので戦争の影はさほど感じられないものの、それでも戦時中で、このようなまるで太陽に向かって両手を伸ばすように溌剌と働くことの中に純粋な楽しみを見つけながら、社会的に自立してゆく女性の生き方(彼女が車掌をするバスの中で急に妊婦が産気づき赤ん坊を取り上げたのを見た時の、木暮実千代の心の揺れを映したシーンなど、とても素晴らしい)を描いたということは、ほんとうに凄いことだと思う。この作品を観て、ますます清水宏は私にとって信頼できる映画監督となった。作風はまったく異なっているけれど、もし私が映画祭を企画するとしたら、溝口健二祇園の姉妹』『浪華悲歌』と一緒に並べてプログラムに置きたくなるような、それくらい素晴らしい作品だった。