しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

映画のあとは、東急東横線に乗って、長いことの念願かなって学芸大学のマッターホーンに行く。ああ!本当に長いことずっと行きたかったのに、ようやく行けた。鈴木信太郎画伯によるサーモンピンクの愛らしい包装紙ととぼけたような人形が描かれた缶を手に入れるべく、あれやこれやと一つずつお菓子を詰め合わせてもらい、うきうきと心躍る。中に入っていたカードの文面も可愛いの。「デコレーションケーキも 皆さまの ニコッ とされるお顔を、思い浮かべて 仕上げます」だって。いいなあ、鈴木信太郎の絵が飾ってあるケーキ屋さんにぴったりだ。喫茶室にある鈴木信太郎の絵もどれも素敵で愛らしくてほとんど涙しそうになる(←大袈裟)。とりわけ、桃の絵の何という愛らしさよ。まあるくてクリーム色と紅の混じった柔らかな銀色の産毛で覆われた果実、歯を立てると甘い汁が顎にまでしたたり落ちるみずみずしい桃ときたら、まったく一体全体何という素敵な果物なのか知ら。私の一等好きな果実は断トツで桃なのである。夏しか食べられないのでせっせと食べるけれど、夏の終わりが何だか物悲しいのはきっと桃の季節が終わってしまうからだ。毎年、ああ今年も桃が終わってしまう....と思うと何とも言えず切ない気持ちになる。



大満足でお店を出てひょいと路地を見ると古本屋を発見したのでよせば良いのに何となく入ってしまったのだけれど、これが正解だった。勤め先の図書館にも所蔵がなく、でも何としても見てみたいと思っていた東京都美術館で1988年に開催された「1920年代日本 展:都市と造形のモンタージュ」の図録を棚から発見して「おお!」と驚きよろこぶ。もう少し探したらもっと安くあるかも?と思いつつ、でも、もうこれっきり出会えないかもしれないと思い直し、購入することに。ひょいと下を見ると今度は大好きな益田喜頓の『ハイカラ紳士』(昭和51年、講談社)があって、「あきれたぼういず」ファンとしてはこれも買わなきゃと思い、2冊共家に連れて帰ることにした。家の本棚は崩れそうになっているというのに。



図録が重いのでよろよろしながら家へ帰り、さっそく益田喜頓の本をぱらぱらやると、何とまあ、期せずして<本日の英パン発見>になったのだった!知らずに買ったのに、思いがけないところで岡田時彦に出会えてまた嬉し涙。


当時、僕らのあこがれは、鈴木伝明だとか、中野英治だとか(中略)でもなんといっても僕がいちばん好きだったのは岡田時彦で、演技もよかったけれど、あの人のセンスがとても好きでしたね。『人形の家』(引用者注:阿部豊監督作品、共演:夏川静江、1927年日活)なんて、未だに忘れられません。岡田嘉子と共演でしたけど、渋い人でしたね。上品で、スマートで、しっとりとした芝居をする人でしたね。女優の岡田茉莉子ちゃんのお父さんです。(益田喜頓『ハイカラ紳士』所収「教壇でチャールストン」より)


ハイカラな港町・函館出身で、スマートでお洒落で粋な「すてきなおじさま」益田喜頓をして「上品で、スマートで、しっとりとした芝居をする人」と評された岡田時彦。本当に日活での彼の演技はどんなに素敵だったろう。日活のバカ!何で全盛期の彼の出演作品がただの一本も残ってないのよッ!?とこれでは八つ当りもしたくなるというもの。ああ、本当に日活のバカ....火事のバカ!日活作品の英パンに逢いたいよー、うわああん(号泣)。



...とぶつくさ言ってみても、仕方がないので、この本でにっこりした名言を。「ぬけている人こそ最高のお洒落」「洒落男っていうのは、粋ってことで、粋人というのを僕は高く評価していきたい」「魅力があるってのは、ぬけていることなんです。服装でも同じことですよ」「どこかにたいへんお洒落をしている、どこかにたいへん高いものを身につけている、というようなことを、目立たせて少しでも表に出したなら、僕は、それはとてもイヤラシイことだと思うんです」「銀座でお洒落で目立った人は、何といっても、映画俳優の斉藤達雄。アメリカでの生活が永かったせいか外人みたいで、どんな格好をしてもさまになるんです。僕のあこがれの人でした。」「カミヤバーで三杯飲むんなら、スタンドバーで一杯スカッチを飲みたい」。



言ってることにいちいちこっくり頷くことばかりで、やっぱり益田喜頓はカッコいいナア!とこの本を読んでますます彼のファンになったのだった。