しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

いそいそと早起きしてシネマヴェーラにて清水宏『港の日本娘』(1933年)を観る。



こーれーはー、期待通り、いや、それ以上のかなりのモダン乙女映画!
こんな可憐な少女たちが主人公の映画を清水宏が撮っていたなんて、びっくり。



舞台は異国情緒溢れるモダン・シティ、横浜。女学校に通う、砂子(及川道子)とドラ(井上雪子)は大の仲良し。女学校へと通う道々、帰る道々、二人はいつも一緒だ。白い汽船の浮かぶ港の見える丘、高台の外人墓地からの眺め、浜風の吹く木立の道にセーラー服を着た二人の少女はいつも連れ立っている。やがて、砂子にヘンリーという名のボーイフレンドが出来て(江川宇礼雄)、オートバイで二人乗りしながら海へ山へ街へとデートを重ねるが、恋はうつろいやすく、ヘンリーは与太者仲間との付き合いから、純情な砂子に飽きて新しい洋装のモガとボール(舞踏)に行くようになってしまう。恋人がつれないのを悲しむ砂子、そんな砂子を気遣うドラは、ある日彼らが遊びに行くというボールに砂子も行ってヘンリーと会って話をするようにと促す。ほんの僅かの差で砂子は二人の車を見逃すが、その帰りに教会の礼拝堂で二人を見つけ出し、酔いつぶれたヘンリーの新しい恋人を嫉妬に駆られて拳銃で撃ってしまう。その時の段々とアップになる眉の太い及川道子の表情が凄い。事件の後、横浜を追われるようにして去った砂子、歳月は流れその間も長崎や神戸などの港町を転々としながら、キャバレーの女給に身を落とし、恋人とも良人ともつかない居候の売れない画家(斉藤達雄)と住むようになっていた。横浜に久しぶりに帰ると、ヘンリーは真面目に更生して、ドラと西洋風の小さな家で幸せな家庭を築いていた。昔の苦い思いから二人を心から祝福できない砂子。水商売なぞ止めて以前のような砂子に戻って欲しいと願うドラとヘンリー、だが二人の幸福を目の当たりにして誰からも顧みられないという孤独に自暴自棄になる砂子....。



及川道子のお振袖に唐傘姿がかなりの夢二風、水商売の女という役どころなので首元や手首や指にジャラジャラと宝石類を身につけている。背が高く、柳腰の感じが色っぽくて、着物がとてもよく似合う。ドラとヘンリーの二人に別れを告げて横浜の港を去り、船のデッキで斉藤達雄と海を見つめているというラストシーンで彼女が着ていたやや太めの縞のお召し(これぞマリン・ガール!)は、「あーこういうの持ってる!」と思いちょっと嬉しくなる、でも買ってまだ一度も袖を通していないことにも同時に気付きため息。それから、井上雪子が動いているのをはじめて観る。『美人哀愁』(1931年)で英パンと向かい合ったスチールでいつも見ていた横顔が、ああ、実物が動いている!ということに感激。小柄ながらグレイがかった瞳のハーフで美しい。並んだ江川宇礼雄とはそんなに背が変わらない感じだった、ということは江川宇礼雄が小柄なのかしら?江川宇礼雄もドイツ人の父親を持つハーフだったので、二人で西洋風の家のソファでくつろいでいる姿は「これはほんとに日本の映画?」という感じ。この西洋風の家というのがまた凄くて、いわゆるモダーン!というのではないのだけれど、とにかくローラ・アシュレイ風の壁紙にストライプ柄のソファ、蓄音機にはレコード、テーブルクロスを敷いた上にはスプーンと白いスープ皿、と目に入るものすべたが西洋風で画面の何処にも日本が感じられない。震災前に、谷崎潤一郎が住んでいたという横浜の家もこんな風だったのかな?と思う。この映画の舞台設計を手がけた金須孝という人は、佐藤忠男の『増補版 日本映画史 I』*1によると、河野鷹思と並んで「蒲田調のひとつの特色としてのモダニズム」をつくりあげた人材とされており、「彼の美術監督作品である清水宏の『港の日本娘』(1933)などを見ると、新劇の舞台を見るようなその瀟洒なデザイン感覚は輝くばかりであり、蒲田調のひとつの特色としてのモダニズムをたんのうすることができる。」という記述がある。彼が舞台美術を手がけた他の映画も観てみたい。



ややもすると「女性の悲劇」的様相を呈する感のストーリー展開のなかに、斉藤達雄のユーモア溢れる演技がここでも要所要所でキラリと光って、一見、紋切り型の湿った悲劇に陥りそう(及川道子がベッドで肩を震わせてよよと泣き崩れたりする)なのを救っている。うだつのあがらない、ほとんどヒモのような売れない画家という役どころが、こう言っては彼に悪いけれど、本当に斉藤達雄にぴったりでいちいち可笑しくて。及川道子の下着を勝手に洗濯して怒られてしょんぼりするところとか見ていてほんとに可笑しい。



そして、何と言ってもこの映画における今回一番の「おお!」は、人々が忙しなく通りを闊歩する中、街頭で斉藤達雄が似顔絵を売るのだけれど、彼の頭上に輝くネオンが何と「クラブ歯磨」なのである。キャー、これが噂の松竹蒲田と中山太陽堂のクラブ化粧品とのタイアップ映画、思いを馳せるのは勿論プラトン社だッ!*2とその発見に映画館の暗闇の中で一人ににんまりとほくそ笑み盛り上がったのだった。


*1:isbn:4000265776

*2:岩本憲児編『日本映画とモダニズム 1920-1930』の中の「スクリーンの美粧」(p.101)に出てくる。なお、プラトン社について手軽に読める素敵な冊子にアトリエ箱庭さんが出している"dioramarquis 02"号があります。執筆陣も豪華だしカラー頁もたくさんあって山六郎や山名文夫の手がけた素晴らしい意匠を十分に堪能できるのでお薦め。野中モモさんのオンライン・ブックストア・lilmag store(http://www.lilmag.org/)でも取り扱っているようなので興味のある方はぜひどうぞ。