しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

来たるべき来月の演劇博物館*1訪問に備えて、『古川ロッパ昭和日記・戦前篇 昭和9年ー昭和15年』を読み始める。



ロッパは名文家だなあ、と思う。短い簡潔な文章の中には心地好いリズムがある。わたしの大好きな「駕籠屋コンビ」*2であるところの、渡辺篤とサトウ・ロクローがしょっちゅう登場して舞台をすっぽかしているのがにやにやと可笑しい。ロッパは銀座のバア、ルパンに行き、虎屋で帽子をあつらえ、文房堂でパイロットの万年筆を求める、お洒落なモボだったんだなあ。



昭和十一年五月十二日(火曜)の日記にさしかかって、「はっ!」となる。


五月十二日(火曜)
九時起き、若葉の頃は何となくモヤモヤする。昼は例の通りのザワザワで、何やっても手応へなし。ビクターへ行く。日劇に、小野巡と佐藤千夜子の二人を借りることを決定。「僕のホームラン」のテスト盤をきいて、あんまり声楽家じみた声で本格に歌ひすぎてるのでくさった。細く甘い声でといふ狙いはヒットして、一寸徳山・藤山をまぜたやうな声である。飯田信夫が作って呉れた、「わるくない」といふ歌のけい古三十分ばかりして楽へ戻る。渡辺はま子の「トンがらかっちゃだめよ」をきく、とてもいい。之で一本書ける。「大久保」で、鈴木桂介が、素足で素顔で出て来たので、うんと叱る。三階の硝子戸が外れて下へ落ちた、怪我人なし。客の入り八分。


渡辺はま子の「とんがらかっちゃ駄目よ」とは、小津安二郎『淑女は何を忘れたか』(松竹大船, 1937)で、突貫小僧が家庭教師の佐野周二と一緒に地理の宿題をやりながら、お行儀悪くテーブルの上に座り、途中で当時の尖鋭的モダンな女優だった桑野通子も交えて、地球儀をくるくると回しながら「そーれでもあなたはとんがらかっちゃアカンよ」とか何とか唄いつつ、地名を読み上げてクイズを出すところで使われている、あの曲ではないだろうか?、いや、きっとそうに違いない!と思って早速調べてみたらこの渡辺はま子「とんがらかっちゃ駄目よ」は昭和11年リリースで、ロッパの「ハリキリ・ボーイ」のB面の曲だったらしい。まだ音源を聞いて確かめてはいないけれど、?がほぼ!に変わる。うわー、これは是非とも早く聞かねば!と例によって一人でこの小さな発見に盛り上がる。



そして、何とも素晴らしいタイミングで、ロッパの『ハリキリ・ボーイ』(P.C.L., 1937)は来月この演劇博物館の展示の関連講座として上映されるとのこと(!)なので、こうなったら、ええい、予定を変更してでも行きたいなあ。



古川ロッパ渡辺はま子小津安二郎経由でつながって、わくわくと嬉しい、昭和十一年の出来事である。


*1:5/18から「古川ロッパとレヴュー時代ーモダン都市の歌・ダンス・笑いー」なる展示が開かれているのだ。

*2:マキノ正博『昨日消えた男』(1941年・東宝