しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


阪神間遊覧日記・その3


阪急電車に乗って芦屋へゆく


今回の旅ですっかりお気に入りとなってしまった大阪の街だけれど、何と言っても阪急電車に恋をした。
ああ、阪急電車。何て愛らしい電車なのでしょう!一目であの、小豆色にクリーム色のお屋根に、真四角の窓のついた、ふかふかのモス・グリーンのシートの、白くてまあるい手すりの、どこもかしこも、にんまりしてしまうような愛らしさの、阪急電車に首っ丈となる。阪急にいつも乗車できる阪神間の人々が心底うらやまし!東京にはどうしてああいうセンスのよい電車がないのかなあ。街で阪急電車を目にするたびに「あ、阪急だ!」と指差してよろこび、まるで野球帽を被った少年のようにはしゃいでしまう。阪急いいなあ、可愛いナア。次回わたしが乗りに行くまで、ずっと変わらないでいて欲しい。




てな訳で、阪急に乗ることが出来たというだけで矢鱈めったら上機嫌だったのだけれど、芦屋川駅で降りて、まずは坂を上ってヨドコウ迎賓館へ。ここは明日館と同じフランク・ロイド・ライトが設計した建造物で、大谷石が使われていたり、中二階のフロアがあったりするのが、ああ、ライト建築だなあと思う。明日館と比べると、どことなくアジアンな雰囲気が漂っている。屋上のバルコニーから大阪湾や六甲の山並みが見渡せて大へん気持ちがよい。そのあと、山を下って、細雪の石碑を探して写真に撮り、谷崎潤一郎記念館へ行く。個人的には、『アマチュア倶楽部』*1で葉山三千子を女優に仕立てた、映画に熱狂していた時代の谷崎について詳しく知りたかったのだけれど、展示ではほとんど触れられている箇所がなかったのが残念といえば残念だった。千葉伸夫『映画と谷崎』も読んで備えてたのになあ。とは言え、大好きな『台所太平記』の絵葉書(横山泰三装幀)を買うことができてにんまり。記念館の隣に何やらコテージのような建物があり、これは何だろう?と思って正面に回ってみると何と小出楢重のアトリエを再現したものであった。小出楢重は好きな画家なので、思いがけずこんなところで見られるなんて、と嬉しい。




それから、お隣の芦屋市立美術博物館にて「コレクション遊覧 旅するまなざし」展を観る。実物は「ナンデェ!!」しか観たことがなかったハナヤ勘兵衛の作品を沢山観ることが出来て嬉しい。中山岩太とともに芦屋カメラクラブをやっていた頃の写真はどれもモダンで機械美や人工美に溢れているけれど、70年代の作品になると、自然を写したものや風景写真が多いのだな。佐伯祐三の影響色濃い大橋了介の巴里画もなかなか良い。「肉屋の店先」(1929-33)という作品が好みだった。それから、最後の最後に、ここでは嬉しい出会いが待っていた。吉原治良の絵本「スイゾクカン」(1932)は一目で感嘆の声を上げながらガラスケースに吸い寄せられてしまったほどの愛らしさ!この朱色や青緑の微妙にくすんだ色みとスパッタリングの技法(?だと思ったのですが...)を使用した、何処かとぼけたような懐かしい感じは、そうだ、ロシア絵本のようだ、と思ったら、この吉原治良という画家はロシア絵本のコレクターでもあったそうで、なるほど、と妙に納得する。そして、この素敵な本も版元は北尾鐐之助『近代大阪』を覆刻した創元社なのであった。わあ、創元社だ!、とまたしても胸踊る。それにしても、何という愛らしい絵本なのだろう、この本も覆刻してくれないか知ら、創元社

*1:我が愛しの岡田時彦が出演している!ああ、観たい。