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しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや


「パリのエスプリ 佐伯祐三佐野繁次郎展」(神奈川県立近代美術館・葉山*1



佐伯祐三の描くパリの下町風景が私の好きなパリのひとつーあとは、アジェとブラッサイのパリーと言うほどに昔から彼の絵が好きで、その彼がこれまた好きな画家のひとり、佐野繁次郎とも関わりがあるなんて知らなかった!と驚き、サノシゲは改装前のステーションギャラリーでも観ていたけれど、これはぜひとも行かねばと手帖に勢いよく二重丸をつけて書き込んだ展覧会。


二人とも大阪生まれだったんだ。しかも、佐伯祐三は中学時代にモダン心斎橋を象徴する伝説の「丹平ハウス」にあった赤松麟作の「赤松洋画研究所」に通っていたとのこと!ちょうどこの前の休みの日に、神保町の書肆アクセスで『大阪人』のバックナンバー「特集・モダニズム心斎橋」を買い込んで、ふむふむと読んでいたところだったので「おお!」となる。


パネルに引き伸ばされた二人の顔写真。佐伯祐三のじっとこちらを見つめるやや落ちくぼんだような瞳はどことなく憂いをたたえていて、山城むつみの顔に似ている気がする。対照的に佐野繁次郎はどっしりとした顔の真ん中にある大きな鼻がいかにも裕福で育ちの良いといった雰囲気で「船場ぼんぼん」というのがぴったり。


作品もあらためて並べて展示されると大へんに対照的。佐伯祐三の描くパリの風景はこんなに暗かったか知ら?と思うほどに、そこには光というものがなく、いつもどんよりと厚い雲が垂れ込めた黄昏時の、木枯らしの吹きすさぶグレイの空のパリ。佐野繁次郎の画に見られる生命力に溢れた自由で楽天的な雰囲気は微塵もなく、ぴりぴりと神経に障るような尖った筆先が、まるで引っ掻き傷のように、キャンバスに荒々しく叩き付けられている。


それにしても、30歳という若さで異国にて客死した佐伯祐三。迸るような煌めく才能があったのに、何と若くして死んでしまったことか...!展覧会のパネルの説明文には、彼の最期の日々に関する部分がごく簡単にしか書かれていなかったので、どうしてこんなに若く亡くなったのだろう?と思って調べてみたら、知りたいような知りたくないような裏話(妻が荻須高徳と不倫してたとか作品に加筆してたとか子供も実は彼の子ではなくて二人ともヒ素を盛られて精神錯乱に陥った疑いがあるとか)がたくさんあって、読み進めてゆくうちに鉛玉を呑んだような暗い気分になる。中でも、パトロンであった吉薗周蔵氏に宛てた葉書のなかで藤田嗣治に言及している部分が何となく引っかかって頭から離れない。


「俺はパリに来て、思い切り絵をやった。もう俺はダメやろう。先に発たして貰います。今、俺は何を思うかというと、藤田さんをエライと思う。あの人には欲がある。ああでないとイカンのかも知れん。終わりがないから、病院で静かにしています。さよなら。一九二八年八月二日(裏面)でも俺は、藤田はきらいだ。ああは生きられん。」


死と寄り添うように生きて、死を自ら招き入れるようにして、亡くなってしまった佐伯祐三
これからは彼の絵を観るたびに、これらの言葉を思い出してしまうような気がする。


彼の目白時代のアトリエが区立佐伯公園として保存されているそう。*2近所なのでここも散歩がてら行かなきゃ。